囚われのシンデレラ【完結】
「突然、押し掛けて申し訳ないね」
恰幅が良く強面の漆原会長が、言葉とは似つかわしくない態度で俺の真正面に腰掛ける。
「いえ。いつもお忙しくしていらっしゃると聞いておりますが、今日はまた、どうされましたか」
白々しくそう尋ねた。
「いやね。私も、ビジネスの場に個人的なことを持ち込むのは信条にはあわないんだが、どうにも頭を痛めてしまって。こうして恥を忍んでやって来たということだ」
そう言って、頭をかく。
「君も分かっていることと思うが、娘のことなんだ。今、我が家はとんでもないことになっていてね。どうしても、君に助けてもらいたい。佳孝君しか助けられる人間はいないんだ。この通りだ」
突然、漆原会長が頭を下げだした。
「おやめください――」
「娘を助けてやってくれ。私たち親が何を言っても、食事も取ってくれない。ただ、君のことばかりを話すんだよ」
ひたすらにその頭を膝に付けている。
「お願いですから、顔を上げてください。何度も申しておりますが、私は結婚している身です。どうして差し上げることも出来ません――」
「そんなことは分かっているんだ。分かっていて、こうして来ている」
そう声を張り上げて、顔を上げた。
そこには、一つの企業を業界トップにまで押し上げた経営者としての凄みが滲んでいた。
「私は娘が不憫でならないんだ。公香はね、本当に君のことが好きなんだよ。学生の頃からただ君のことだけを想って来たんだ。破談になっても、公香の気持ちは変わらなかった。君には言っていなかったが――」
今度は、しんみりとした表情で俺を見る。
「破談になったのにも関わらず、どうしてうちがセンチュリーに援助をしたのか。それは、公香たっての願いだったからだ。縁談はなくなったけれど、佳孝君を助けてほしい。公香はそう私に泣いて頼んだんだよ」
声まで震わせて、身を乗り出し訴えて来た。
「大きな金が動くことだ。いくら娘のためだと言っても、簡単に聞いてはやれない。だから条件を出した。センチュリーを助けたとして、この先佳孝君と結婚することが出来なかったら、その時は私の決めた相手と結婚してもらうとね」
目頭を押さえて話すその姿を、どこか冷めた気持ちで聞く。
「娘の結婚相手は誰でもいいというわけには行かないからな。公香はその条件をのんだんだよ。そうまでしても、君を助けたかったんだ。いじらしいと思わないか?」
何が言いたいんだ――。
「私も君の誠実さには一目置いている。君のような男が娘と結婚してくれたら、どんなにいいかと思っているんだ。娘の願いを叶えてやりたい。だからこうして頭を下げている」
「お顔を上げてください――」
「頼む。娘の健気な気持ちを汲んでやってくれ。公香のいじらしさを、君は踏みにじれるのか? 一度は自分を助けた人間を、簡単に見捨てられるのか!」
今度は、恫喝か――。
思わずため息を吐きそうになり、それを喉の奥へと押し込む。
そして、威圧感を全面に押し出す人間を真っ直ぐに見た。