囚われのシンデレラ【完結】


「……公香さんは、いよいよまずい状態なのではないですか? いくらなんでも、立場ある人間のあの取り乱しようは尋常じゃない」

漆原会長が出て行って二人になると、遥人が口を開いた。

「少し、心配された方が良いかもしれません」

どっと疲れがのしかかって来て、そのままソファに身体を投げ出すように腰を落とした。
額に手を置き目を閉じる。

「馬鹿げている。公香さんを助けるために、俺に離婚しろと? 狂気の沙汰だ」
「――それにしても。今思うと、常務の結婚は、まるで縁談をぶち壊すためかのようなタイミングですね」

遥人のことだ。そう確信していることだろう。

「とにかく。このままで済むとはお思いにならない方が良いかと思います」

腹の底から溜息が出た。

「すべては、常務ご自身にも原因のあることですから。仕方のないことですね」
「……何だって?」

その言葉が引っ掛かり、振り返った。

「だってそうでしょう。公香さんが、ここまで常務に心を奪われてしまった原因は常務自身にある。自分ではお気づきにならない間に、何が相手の心を奪っているかなんて、あなたは考えたりもしない」

一体、俺が何をした――?

「あなたは、本当に罪な人だ」

その目が、真っ直ぐに俺に向けられて。色のなかったその目に、不意に強さが現れて戸惑う。もうずっと、遥人の考えていることが分からない。


『公香さんの育った環境を考えてみては? 本当に狭い世界でしか生きていないのでしょう。何かを一人で思い込みストーリーを作り上げても、それを誰かが咎めることもない』

遥人の言葉をずっと考えている。

そもそも、俺は、公香さんのことをそこまで詳しく知らないのだ。会った回数も片手で足りる。

どうして、そこまで俺に執着するのか――。

まったく思い当たるふしがない。分からないから、怖さを感じる。とにかく今は、あずさに何も起こらないように。

 考え過ぎかもしれない。でも、自分では想像もできない思考を目の前にして、大丈夫だとも言い切れない。

 あと少し。今は何があっても守らなければならない。
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