囚われのシンデレラ【完結】
指揮棒が上がり、瞬く間に静寂が広がる。そして、オケの音がホールに響き渡った。
第一バイオリンによって始まる主題に、オーケストラが合いの手を入れるように曲は進み盛り上がって行く。
そして、その盛り上がりが頂点に達した時、ソロのバイオリンを迎え入れるためふっと音が消える。
ソロの最初の音。二十歳の私が、何度も何度も試行錯誤した。
音大生だったあの頃。苦しくても、結局バイオリンが好きなのだと言った私に、西園寺さんは「それは情熱だ」と言ってくれた。私のその”情熱”を旋律に載せた。
細かいパッセージを、張り詰めた緊張感を途切れさせずに上昇させて弾き上げる。それを受け継ぐように、オーケストラの壮大で重厚な音楽が会場を埋め尽くす。
最後の一音を弾き終え弓を振り下ろした瞬間、見上げたスポットライトがすべてを白くして。一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が私の耳をつんざいた。
半ば放心状態のようになりながら会場を見回す。誰もが拍手を送ってくれる。それを目の前にして頭を下げた。まだ足が震えていた。
でも、それだけじゃない。私の鼓膜を揺らす拍手が私の感情を昂ぶらせて。熱くて苦しいものが込み上げて来る。
自分の持っているものすべてを曝け出した音が、オーケストラと融合して昇華された時の昂ぶり。
自分の音が会場に響き渡り、それが聴衆の反応として返って来た時の胸の高鳴り――。
目の前に広がる光景が過去の自分と重なって、鼓動が激しくなる。あの頃にはあってなくなったはずの情熱が、トントンと激しく私の心を叩きかき乱す。
瞬きすら忘れて見入っていた私の周りで、大きな拍手が鳴り響いていた。
「……え?」
隣から差し出されたハンカチに、ハッとする。西園寺さんが私に差し出すそれをおもむろに受け取った時、自分が泣いているということに初めて気付いた。
「そんな顔して」
「そんな顔って、どんな……」
西園寺さんが、少しだけ切なげにふっと笑った。
「演奏家の顔だ。少なくとも、思い出を懐かしむような顔ではないな」
「……え?」
「その涙は、ただの感動の涙ではない。そうだろ?」
まだ鳴りやまない拍手の中で、西園寺さんがじっと私を見る。
感動――その言葉では整理ができない、心を激しくかき乱す感情を西園寺さんは見抜いている。
「情熱は、簡単には消えてくれないから情熱と言うんじゃないかな。消えたと思っても、何かをきっかけに顔を出す。きっと、自分の意思ではどうにもならない」
情熱。かつて西園寺さんが私に使った言葉だ。
「そんなものを持ってしまった人間がそれを押し殺そうとすれば、心の中に消えない燻りを持ち続けることになって。いつか後悔するんじゃないか?」
後悔なんてない。私はバイオリニストになる星の元には生まれなかった。ただそれだけのことだと納得していた。
でも、この手が、この腕が、胸が疼いて仕方ない。