囚われのシンデレラ【完結】
「――今度、学内のオーディション受けようと思っているんです」
その日のバイトの後、西園寺さんの運転する車内で早速そのことを報告した。
「オーディション?」
「はい。そのオーディションに合格したら、大学の後押しでコンサートに出られるんです。もちろん一人だけじゃなくて、3人くらいで同じ舞台に立つんですけど。それでも、一人当たり30分はもらえるんです」
「それって、誰でも聴きに行けるのか?」
ハンドルに手を置きながら、ちらりと私の方に顔を向けてくれる。
「はい。チケットさえあれば誰でも」
「じゃあ、俺が行ってもいいんだ」
「そうですけど……」
西園寺さんが聴きに来てくれる――。
想像した瞬間に、別の緊張が生まれる。
「だったら、何がなんでもそのオーディションに合格してくれ」
「え――?」
「俺が、見たいから」
ちょうど信号待ちになり、車が停車する。今度は真っ直ぐにその眼差しが私に注がれた。
「進藤さんの音と同じくらい、演奏している姿も好きなんだ」
そんな目でそんなことを言われたら、何も言えなくなる。その目を見つめ返すことも困難。
「が、がんばります……」
膝の上で手を握りしめて、ぼそぼそと答える始末だ。
夜の街を走り抜けた車は、当然だけれど最後は私の家の前にたどり着く。また、さよならを言う時が来た。ちらりと窓の外をうかがう。外には誰もいなかった。
「――進藤さん」
エンジンを切ると西園寺さんが私に身体を向けた。
「昨日、車を降りた後ここで会っていた人、この前ホテルのラウンジに来てた人?」
「昨日……ああ、はい。前にも話しましたが、幼馴染で私の家の隣に住んでるんです。それで、たまたま」
柊ちゃんと話していたのを見られていたのか――。
「そうか、そうだったのか……」
そう言って息を吐くと、西園寺さんがふっと表情を緩めた。
「帰り際に、バックミラーで見えて。遅い時間だったから気になったんだけど、隣に住んでるならそういうこともあるな」
「高校までずっと同じ学校だったんですよ。もう、姉弟みたいな感覚なんです。あれやこれやと口うるさくて」
「確かに、兄妹は煩わしく感じる時もあるな」
いつもはきりりとした顔立ちが、笑うと途端に柔らかくなる。そんな表情一つ一つに、いちいち見惚れてしまう。
「西園寺さん、兄弟は?」
「ああ、妹がいるよ。わがままなのが一人」
妹さん――。
また一つ、西園寺さんのことを知ることが出来た。
「すみません、引き留めてしまって。帰りが遅くなっちゃいますね。ありがとうございました――」
またも時間を忘れてしまいそうになった。ただでさえ二日続けて送らせてしまっている。いつまでも引き留めていたら家に着く時間が遅くなってしまう。
「――待って」
慌てて車を降りようとした時、腕を捕まえられた。
「ゴールデンウイーク明けには研修も終わるから、こんな風に送れなくなる。だから、もし時間が取れるなら、連休中に会えないか?」
私の腕を掴む西園寺さんの手のひらに、ぐっと力が入る。
「もちろん少しの時間でいい。1時間でも、2時間でも」
連休中はいつもよりスケジュールに余裕がある。私だって、西園寺さんに会いたい。
「私も会いたいです」
そう答えると、腕を掴んでいた西園寺さんの手のひらがそのまま滑り落ち、私の手のひらを握りしめた。
「じゃあ、それまで。お互い頑張ろう」
「はい」
大きくて骨ばった西園寺さんの手のひらを、私も握り返した。