御曹司の溺愛から逃げられません
「しばらくして香澄が入社してきたんだ。毎日誰よりも早く出社し、みんなのために掃除をする姿に驚いたよ。仕事じゃないのに率先してするのを見て俺も見習わなければ思った」

え? 私?

「しかも香澄は営業が働きやすくなるように考え、先回りして仕事をするだろう? 自分の仕事だけを考えていた俺にとってその姿勢は見習うべきものだったよ」

そう言うとグラスをテーブルに置き、私の頭をポンポンとして、重ねられたままだった手にその手も重ねてきた。

「課長という立場が俺を動けなくさせていた。香澄に近づきたいと思っても近づけず、同じチームの山﨑たちが気さくに声をかけているのを見るたび腹立たしかったよ」

彼の声はなんだか気のせいか甘くなった気がした。
彼に挟まれた手に力が入る。

「あの日、あの時がターニングポイントだった。チャンスを逃したらいけないと本能がいっていた」

私を見つめながら話す彼の瞳は熱を帯びている。私は彼の視線から目が離せなくなった。

「香澄のお店巡りは本当に楽しかった。買い物に行っても部屋でのんびり過ごしていても、何もかもが幸せだった。ずっとこのままでいたいと思っていた。けれど俺には隠していることがあった。これを香澄が知ったら俺から離れてしまうと思って言い出せなかった。控えめな君のことだ。絶対に別れを切り出されると不安だった。そして現実のものとなった」

「あ……」

「人の前に出るのが苦手な君だ。だからとことん愛して俺がいないとダメなくらいにさせてから言おうと思っていた。そして現実はやはり振られた」

苦笑いを浮かべる瑛太さんはなんだか苦しそう。

「でもどうしても諦めるなんて出来なかった。香澄がそばにいてくれない人生はもう考えられない。俺が君を一生守る。だから結婚して欲しい」
< 88 / 101 >

この作品をシェア

pagetop