御曹司の溺愛から逃げられません
「乾杯」

こんなに広いソファセットなのに彼は隣にピッタリと座ってきた。
私の部屋に来ていた頃はいつもこうしてピッタリ隣にくっついて座っていたのを思い出した。私の部屋は狭いし、小さなソファだったからなのだが、こんなに広いソファなのに距離を詰められドキドキしてしまった。

「俺の話を聞いてくれるか?」

彼はそう切り出すと話を始めた。

「俺は西園寺コーポレーションの長男として生まれた。後継になるべく育てられたがこのままなんの苦労もなくトップに立っていいのかと疑問に思っていた」

彼は手に持ったグラスに視線を落とし、淡々と話し始める。

「仕事を始めてすぐ俺を後継者だと持ち上げるような周囲の行動に驚いたよ。大学を出たばかりの俺を褒め称え、機嫌取りをする様子に呆れた。社会経験のない俺を育てるのではなく、自分の言いなりになるよう取り込もうとする奴らばかりだった」

彼の言葉に周囲の様子が手に取るように分かる。時期社長に目をつけられないよう立ち回る人間なんて沢山いるだろう。彼を自分の味方につけ、今後有利になるよう取り込もうとする人も想像するに容易い。

「俺は何度も仕事を教えて欲しいと言った。けれど回ってくるのは上手くいく案件ばかりで人の手柄を取るようなものばかりだった。だから俺は一度外で働くため、周囲の目を欺くよう母の旧姓を名乗ったんだ」

私は頷いた。

「支店での仕事は楽しかったよ。外回りで怒られることもあるし、それを励ましてくれたり、叱責してくれる上司もいた。やっと社会に出て働いてるという自覚が持てたよ」

瑛太さんにそんなことがあったなんて思いもしなかった。私が一緒に働くようになったのはすでに課長としての力量を発揮していたから。彼の話に頷くことしかできないでいたが、苦笑いを浮かべながら辛そうに話す様子にグラスを持つ手とは別の膝に置かれた手にそっと私の手を重ねた。
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