本当の恋とは言えなくて
ちょっとプリプリしながら待ち合わせの店に入る。
「紬!こっちこっち!」
里美の明るい声が聞こえてちょっと胸のモヤモヤが引いた気がした。話を聞いてもらってもっとスッキリしよう!そう思いながら里美の待つ奥の席に向かった。
個室のように区切られた席は落ち着いた雰囲気がしていて、他のお客様の声や姿はほとん気にならない。
「里美~聞いて!聞いて!」
開口一番そう早口で言う私にクスクスと笑いながら
「まあまあ、とりあえず軽く注文してからにしよ、積もる話は」
里美はメニュー表を差し出して言う。
少しブラウンに染めたロングヘアをゆるく巻いたヘアスタイルは小顔の里美に良く似合う。仕事中はシュシュで後ろにまとめているらしいが、きっとその髪型も大きくて綺麗な目を際立たせているに違いない。
里美は背も高いし美人だ。それでも、女子校のノリでサバサバと気取らないところが魅力の一つで、長年親友を続けている理由。 小柄で童顔、のんびり屋の私とは対極的だがそこがまた不思議とマッチするのだ。
「…って言うことがあってね、本当にムカついたの!」
注文したリンゴサワーをグビグビ飲みながら今日あった一部始終を勢いよく話した。
「珍しいね、紬が男の人の話するなんて。」
それまでクスクス笑いながら話を聞いていた里美にそう言われてちょっと戸惑った。
「う、うん。保育士なんて仕事、男性との出会いはほぼ皆無だからね」とごまかす。
「紬は彼氏とか、作らないの?そろそろいいんじゃない?」
里美が遠慮がちに言う。
「うん…そう言うの、まだいいかな。」
うつむいて手を両手をギュッと握り合わせる。
「そっか。仕事も充実してるみたいだし、今はまだいいよ!ね」
事情を知っている里美は 気にしないで、と言う感じで明るくそう言ってくれた。
*
高校三年生。
まだ恋に恋するような高校生だった私も、恋愛にはそれなりに興味があり、里美とファーストフード店でダラダラと恋愛トークを繰り広げる日々だった。その日もついつい話し込んでしまい、日暮れが迫っていた。
「あ、もうこんな時間!帰らないと。」
「うん続きはまた明日!紬に白馬に乗った王子様はいつ現れるか、だね」
「もー!モテモテの里美には分からないよ、私の悩みは。」
「そー言わず、紬だけを愛して紬だけを大切に守ってくれる優しい彼が現れるまで、おばあちゃんになってもあきらめないんでしょ!?」
「もー!そんなには待てない!!」
ハハハ、と大笑いしてかなり盛り上がりながらファーストフード店を後にした。
「じゃあ、ここで。この後暗い道だけど大丈夫?
優しい里美が心配してくれたが、すぐそこだから大丈夫だと笑って別れた。
しばらく歩くとジャリジャリと後ろから足音が近づいてくるのが気になり走ってアパートの玄関まで向かった。
母親と二人で暮らすアパートは木造で少し古い。女二人暮らしで1階の角部屋と言うのは防犯上良くないのかもしれないが明るくて可愛いその部屋を母も私も気に入っていた。
何となく怖くて震える手で鞄の中から鍵を取り出し、鍵を開けて中に入ろうとしたその時…
後ろから口を塞がれ部屋の中に押し込まれそうになった。しかし、怖かったが必死で抵抗した私は持っていた鞄を投げつけ、玄関に置いていた植木鉢に当たって ガチャン!! と大きな音を立てて割れた。
その音に驚いたのか口を押さえていた手が少し緩む。
「た、助けて!」
声を振り絞る。
その声と植木鉢が割れる音に異変を感じた住人の男性が飛び出してきて私を襲っていた人を羽交い締めにして引き離してくれた。と、ほぼ同時に近くを見回っていたお巡りさんが駆けつけて取り押さえてくれ、大事には至らなかった。
私は恐怖でその場にヘナヘナと座り込んでしまい、その様子を震えながら見ていた。
私を襲った犯人は、数日前から学校からの帰り道私の後を付け狙ってストーカー行為を続けていたらしい。
逮捕劇の後、母親が帰ってくるまで怖いだろうから、と助けてくれた男性の母親が自分の部屋で待つように招き入れてくれた。
その後母親が帰宅し、事の顛末を知り「ごめんね、お母さんが悪かったね」と泣きながら抱きしめてくれた。
その週のうちにセキュリティーがしっかりしているオートロックのマンションの三階に引っ越し、今もそのマンションに母親と二人で暮らしている。
そんな出来事があってからというもの、男性には少し、いや、かなり恐怖心を持っている。今は少しましになったかもしれないが…。
*
「でも、私が気になるのは、木の陰に隠れた人…」
里美がふと顔をしかめて真面目な声で言う。心配してくれているのがわかる。
「うーん、気のせいかも知れないし…気をつけるね。ありがとう、里美。」
「助けてくれたその彼が付け狙ってた、って言うことは無いかもしれないけど、無いことも無いかもしれないから…」
里美の言いたいことはわかる。心配させないようにもっともっと気をつけよう、そう思った。
「あんな高級なスーツ着てあんな高そうな花屋さんで花を買うような人が私のことを付け狙うなんて絶対に無いと思うし、そもそも住む世界が違うよ!大丈夫!」
「そうだね、私たち庶民には庶民の恋愛!だよね。」
里美が笑顔を見せる。
「そう!でも私はまだ白馬に乗った王子様が現れるの、あきらめてないからね!」
そう言うと二人で笑い合った。
恋愛なんて、今はホントに考えられない…な。
「紬!こっちこっち!」
里美の明るい声が聞こえてちょっと胸のモヤモヤが引いた気がした。話を聞いてもらってもっとスッキリしよう!そう思いながら里美の待つ奥の席に向かった。
個室のように区切られた席は落ち着いた雰囲気がしていて、他のお客様の声や姿はほとん気にならない。
「里美~聞いて!聞いて!」
開口一番そう早口で言う私にクスクスと笑いながら
「まあまあ、とりあえず軽く注文してからにしよ、積もる話は」
里美はメニュー表を差し出して言う。
少しブラウンに染めたロングヘアをゆるく巻いたヘアスタイルは小顔の里美に良く似合う。仕事中はシュシュで後ろにまとめているらしいが、きっとその髪型も大きくて綺麗な目を際立たせているに違いない。
里美は背も高いし美人だ。それでも、女子校のノリでサバサバと気取らないところが魅力の一つで、長年親友を続けている理由。 小柄で童顔、のんびり屋の私とは対極的だがそこがまた不思議とマッチするのだ。
「…って言うことがあってね、本当にムカついたの!」
注文したリンゴサワーをグビグビ飲みながら今日あった一部始終を勢いよく話した。
「珍しいね、紬が男の人の話するなんて。」
それまでクスクス笑いながら話を聞いていた里美にそう言われてちょっと戸惑った。
「う、うん。保育士なんて仕事、男性との出会いはほぼ皆無だからね」とごまかす。
「紬は彼氏とか、作らないの?そろそろいいんじゃない?」
里美が遠慮がちに言う。
「うん…そう言うの、まだいいかな。」
うつむいて手を両手をギュッと握り合わせる。
「そっか。仕事も充実してるみたいだし、今はまだいいよ!ね」
事情を知っている里美は 気にしないで、と言う感じで明るくそう言ってくれた。
*
高校三年生。
まだ恋に恋するような高校生だった私も、恋愛にはそれなりに興味があり、里美とファーストフード店でダラダラと恋愛トークを繰り広げる日々だった。その日もついつい話し込んでしまい、日暮れが迫っていた。
「あ、もうこんな時間!帰らないと。」
「うん続きはまた明日!紬に白馬に乗った王子様はいつ現れるか、だね」
「もー!モテモテの里美には分からないよ、私の悩みは。」
「そー言わず、紬だけを愛して紬だけを大切に守ってくれる優しい彼が現れるまで、おばあちゃんになってもあきらめないんでしょ!?」
「もー!そんなには待てない!!」
ハハハ、と大笑いしてかなり盛り上がりながらファーストフード店を後にした。
「じゃあ、ここで。この後暗い道だけど大丈夫?
優しい里美が心配してくれたが、すぐそこだから大丈夫だと笑って別れた。
しばらく歩くとジャリジャリと後ろから足音が近づいてくるのが気になり走ってアパートの玄関まで向かった。
母親と二人で暮らすアパートは木造で少し古い。女二人暮らしで1階の角部屋と言うのは防犯上良くないのかもしれないが明るくて可愛いその部屋を母も私も気に入っていた。
何となく怖くて震える手で鞄の中から鍵を取り出し、鍵を開けて中に入ろうとしたその時…
後ろから口を塞がれ部屋の中に押し込まれそうになった。しかし、怖かったが必死で抵抗した私は持っていた鞄を投げつけ、玄関に置いていた植木鉢に当たって ガチャン!! と大きな音を立てて割れた。
その音に驚いたのか口を押さえていた手が少し緩む。
「た、助けて!」
声を振り絞る。
その声と植木鉢が割れる音に異変を感じた住人の男性が飛び出してきて私を襲っていた人を羽交い締めにして引き離してくれた。と、ほぼ同時に近くを見回っていたお巡りさんが駆けつけて取り押さえてくれ、大事には至らなかった。
私は恐怖でその場にヘナヘナと座り込んでしまい、その様子を震えながら見ていた。
私を襲った犯人は、数日前から学校からの帰り道私の後を付け狙ってストーカー行為を続けていたらしい。
逮捕劇の後、母親が帰ってくるまで怖いだろうから、と助けてくれた男性の母親が自分の部屋で待つように招き入れてくれた。
その後母親が帰宅し、事の顛末を知り「ごめんね、お母さんが悪かったね」と泣きながら抱きしめてくれた。
その週のうちにセキュリティーがしっかりしているオートロックのマンションの三階に引っ越し、今もそのマンションに母親と二人で暮らしている。
そんな出来事があってからというもの、男性には少し、いや、かなり恐怖心を持っている。今は少しましになったかもしれないが…。
*
「でも、私が気になるのは、木の陰に隠れた人…」
里美がふと顔をしかめて真面目な声で言う。心配してくれているのがわかる。
「うーん、気のせいかも知れないし…気をつけるね。ありがとう、里美。」
「助けてくれたその彼が付け狙ってた、って言うことは無いかもしれないけど、無いことも無いかもしれないから…」
里美の言いたいことはわかる。心配させないようにもっともっと気をつけよう、そう思った。
「あんな高級なスーツ着てあんな高そうな花屋さんで花を買うような人が私のことを付け狙うなんて絶対に無いと思うし、そもそも住む世界が違うよ!大丈夫!」
「そうだね、私たち庶民には庶民の恋愛!だよね。」
里美が笑顔を見せる。
「そう!でも私はまだ白馬に乗った王子様が現れるの、あきらめてないからね!」
そう言うと二人で笑い合った。
恋愛なんて、今はホントに考えられない…な。