本当の恋とは言えなくて
不思議な関係
遅番の今日は、夕方の迎えを待つ子ども達と一緒に保育室で遊んでいた。

「紬先生、抱っこして。」
たっくんは甘えん坊でもあるが、最近体調が悪く迎えが遅いこともあって不安になっている様子。

「いいよ、ギュ~ッと抱っこで先生とお迎え待とうね。」
ギュッと抱きしめながらそう言うと私の胸に顔を埋めてもっと甘えてくるたっくん。本当に可愛いな、と思う。

「紬先生、紬先生に用事があるとたずねてこられた方がおられるんだけど。」
園長先生がニコニコと声をかけてくる。

「え?…誰だろう」心当たりは無いので頭をひねる。

「私が保育室を見ておきますから行ってきてください。」

「ありがとうございます。すみません。」
保育室を離れようとするが、たっくんが離れるのを嫌がったのでそのまま抱っこして玄関に向かう。

「ごめんね、仕事中呼び出して。」

そう言い、玄関に立っていたのは思いもよらない人物だった。

「…え?いえ、大丈夫…ですけど…。」
びっくりして声が出ない私の腕の中から身を乗り出して
「あ!はるま と かずと!たっくんを迎えに来てくれたの?!」
抱っこしていたたっくんが嬉しそうに大きな声で言う。

玄関に立っていたのはニコニコとした茶髪の彼と少し仏頂面の黒髪の彼だった。

「かずと~抱っこ!」
たっくんはそう言うと私の腕の中からジャンプするようにして黒髪の彼に抱きつこうとした。
私はたっくんを落とすまいとして前のめりになってしまった。気がつくと子どもが玄関から飛び出すのを防止するためのキッズ用の策越しにたっくんごと黒髪の彼に抱きしめられる形になってしまった。

「ワオ~!卓は今日も元気いっぱいだな!!」
茶髪の彼は笑いながら言うが、私としては笑い事では無い。


(…て言うか、何で二人がここに?!何で?!たっくんと知り合いなの?)

頭に?が浮かぶ。

「卓、危ないだろ。」そういってクシャッとした柔らかい笑顔を向けながら私からたっくんを受け取り片手で抱き、私の肩をギュッと押してバランスをなおして立たせてくれた。
(そんな顔もするんだ…)と一瞬ドキッとしたが

「まったく、また危なっかしいですね。」
冷たい表情を向けられ(やっぱ感じ悪い!)と思い直した。

「まあまあ、今のは卓が悪かったぞ。危ないからな。」
茶髪の彼がたっくんの頭をなでながら優しく言う。

「あの…今日は二人がたっくんのお迎えに来られたんですか?いつもと違う人がお迎えの場合は保護者の方から連絡が無いとお渡し出来ないのですが…。」

「あ、いや、違うよ!卓には申し訳ないけど、今日は紬先生に用事があって…」

「え?」

「一翔が!ほら一翔!」
茶髪の彼が不思議がっている私に向けてたっくんを抱っこしている黒髪の彼を押し出す。

「一人では来にくいと言うから俺がついてきたって言うわけ。」
茶髪の彼がウインクする。

「先日は失礼しました。スマートフォンを踏んで壊してしまったにもかかわらず急いでいたので名刺も渡さず別れてしまって。」そう申し訳なさそうに言う黒髪の彼にじゃれつきながら嬉しそうに笑うたっくん。

あの日からもう数日が過ぎていた。

「いえ、先日もお断りしましたが、自分のせいで壊れたので…。」

「ですが…。」

「本当に大丈夫です。昨日お休みだったので修理に出してきましたから。保証にも入っていたので金額もそんなにかかりませんし。」

「…。」

二人のぎこちないやりとりを見ていた茶髪の彼が間を取り持つように
「でも、まあ、何かあったらいけないから、名刺だけでも渡しといたら?それくらいいいでしょ?」

「あ、ああ そうだな。」
その言葉に慌てたように内ポケットの名刺入れを取り出そうとするがたっくんを抱いているためうまくいかない様子。

「たっくん、残念だけど今日はお二人ともたっくんのお迎えじゃ無かったんだって。おいで。」
たっくんに向けて両手を広げると
「はぁ~い。」
と残念そうに返事をしながらも私の腕の中に帰ってきた。

たっくんからふんわりとした柑橘系の香りがした。
黒髪の彼がつけている香水の香りだろう。

「では、これを…。」
黒髪の彼がスッと差し出した名刺を受け取り、目を見張る。


ホテルKOMAYAMA 副社長
駒山 一翔


ホテルKOMAYAMA!? 向かいにある超高級ホテルの!? しかも副社長!!

そう言えば今日も高級感あふれるスーツで身を固めている。
どことなく品もある。どう見てもまだ若いのに堂々とした風格もある。

驚いて絶句し、名刺に穴が空くほど見つめている私に
「念のため、俺も名刺渡してもいい?」

そう言って茶髪の彼も名刺を差し出して来た。

ハッとしてそれを受け取る。そして、また目を見張ってしまった。


武井グループ 社長秘書
武井 春馬

驚いている私に「ん?紬先生?」
と茶髪の彼が声をかける。

武井グループ!? 里美が働いている会社だ。

「ご、ごめんなさい。武井グループって、私の親友が働いている所なので驚いてしまって。」
慌てて答える。

「え、そうなの?誰?誰?」
茶髪の彼が話を広げようとしてきたが
「すみません。私、まだ保育中で…」そう切り出して話を終わらせた。

副社長や社長秘書だなんて、あまりにも身分が違いすぎる。雲の上の人のようだ。名刺までいただいてしまったけど、今後関わることはもう無いだろう。

「では、駒山さん、武井さん、わざわざ足をお運びしていただいて申し訳ありませんでした。」
お辞儀をして見送ろうとしたとき

「つ、紬先生…。」
思いがけず駒山さんに声をかけられ、戸惑う。

「…そう言えば、なぜ私の名前を?」
思わずたずねてしまった。

「…エレベーターの中で子どもがそう呼んでいたので。でも、私達はあなたの名前全部を知らない。」
ぶっきらぼうにそう言われてちょっとカチンときてしまう。
せっかく名刺を渡してやったのに名刺を渡されず機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

「名刺はありませんのでお渡し出来ません。相川紬(あいかわ つむぎ)と言います。」
笑顔無く答えてしまった。

その時…

「遅くなってすみません。お迎えに来ました!」
慌てたように駆け込んで来たのはたっくんのお母さんだった。

「麗子!」駒山さんが名前を呼ぶ。

「何だ、一翔!どうしたの? あれ、春馬まで!」
たっくんのお母さんは驚いて二人と私の顔を代わる代わる見る。

「ママ!お帰り!」
たっくんが嬉しそうに声を張り上げた。

…いったいどう言う関係?!
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