愛されることに 慣れていなくて
私は彼の横に腰掛けデッサンをはじめた。数本の鉛筆を使い分け、指でぼかしたりしながら仕上げていった。なかなか上手く描けたのではないだろうか。
部屋に置かれた時計を見ると時計の針は19時を回ったところだった。描き始めてから4時間が経っていた。

「できました」

彼はスケッチブックを優しく手に取ると

「凄いな、まるでモノクロ写真だ。本当に凄い」

と絵から目を離さずに呟くように言った。

「菜々子」

「はい」

「この絵を俺に売ってくれ」

「え⁉︎」

「ダメか?」

「いいえ、差し上げます」

「それはダメだ」

「お金なんていりません」

「じゃあ、こうしよう。俺がこの絵を買い取る。そしてその代金はこの部屋の家賃と相殺だ。これならいいんじゃないか?」

「いやいやいやいや、私の絵にそんな価値はございません」

「菜々子、絵の価値は見る者によって決まる。俺にとってこの絵は、世間に知られるどんな高価な絵よりも価値がある。いくら払っても良いと思える程にな」

私は言葉を失った。

「菜々子、このスケッチブックごともらっていいか?」

「はい、どうぞ」

彼はスケッチブックを愛おしそうな表情で見つめ、長く美しい手で優しく触れていた。
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