課長に恋するまで
 最寄り駅で課長と地下鉄を降りて、並んでホームを歩いた。
 階段の所まで来ると、一年前の事が過る。

 あの朝、階段から落ちて見知らぬ人に受け止めてもらった。
 後になって受け止めてくれた人が課長だって気づいたけど、まだその事を課長に言ってない。

「課長、本社に来た日の朝、覚えてます?」
「え」

 課長が立ち止まった。

「ここの駅で女性が階段から落ちたって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、そういえばそうだった。びっくりしたな。あの時は。後ろを向いた時に女性が落ちてくるのが見えて、全力で受け止めたよ」
「全力で受け止めたんですか」
「うん。無我夢中だった。自分でもよく受け止められたなって思う」
「夢中で受け止めてくれたんですね」

 あの日、お風呂に入った時、腕にアザが出来ていたのを思い出した。
 課長が受け止めてくれた印だと思ったら、胸がじんわり温かくなった。

「どうしたの?そんな話して」
「課長」
「何?」
「ありがとうございます」
「え」
「課長にお礼が言いたくなったんです」
「それはどうも」

 不思議そうな顔をする課長が可笑しくてクスクス笑った。
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