僕の素顔を君に捧ぐ
ワンダーはマンションを出ると、時折優花を振り返りながら、「こっちこっち!」とでも言うかのように公園にむかってずんずん進んでいった。
公園は夜中降った雨でぬかるんでいた。泥をはね上げながらワンダーは楽しそうに進む。
「帰ったら洗わないとダメかな」
優花はうなだれながら泥まみれのワンダーに引っ張られて歩いた。
目の前に、一羽のカラスが舞い降りた。ワンダーに気づくと再び羽を広げて上空に跳ね上がる。ワンダーはそれを見つけて急に速度を上げた。
「キャッ…ちょっと」
リードを両手でつかみ引き戻そうとしたが、ワンダーはものすごいスピードで走り始めた。
木の根につま先をひっかけた優花は、ぬかるみの上にお腹で着地し、腹ばいのまま引っ張られた。
「ワンダー、とまって!」
数メートルほど進んだあと、ワンダーは立ち止まり、今度は木の根をクンクン嗅ぎ始めた。
優花はやっとのことで起き上がった。
コートとシャツは泥まみれで、顔にも冷たい感触があった。
「どうしよう…」
優花はべそをかきそうになった。
力づくでリードを引いてマンションに戻り、助けが欲しくてインターホンを鳴らした。
無言でドアが開かれ、なんとか部屋にたどり着いた。如月がドアを開け、ため息をつく。
「勘弁してくれよ」
(こっちが勘弁してほしい…)
優花は頭を下げ、ワンダーを拭くものをください、と言った。
如月が投げてよこしたタオルで、ワンダーの体を拭き上げて部屋に上げ、そのタオルを裏返し、自分の顔とシャツの泥をぬぐう。
「如月さま、タオル、洗ってお返しします。他にご用がなければ、これで失礼します」
汚れた服では上がることができないので、部屋に戻っていった如月に向かって言った。
すると如月がゆっくりと玄関に戻ってきた。
よく見ると右足を引きずっていて、歩きづらそうだ。