あなたしか知らない


母は広宗と再会してから、祐奈に『恋人はいないの?』と聞いてくるようになった。
自分ばかり幸せでいるのが気になるようだ。
妻のいる広宗だが、たまに会ってお茶を飲むくらいだからお互いに恋愛というよりも親愛に近いものかもしれない。
穏やかで優しい時間は貴重だからと、ふたりはこの関係を大切にしたいと言っている。

祐奈にもその気持ちはよくわかる。
今でこそ母の病状は落ち着いているが、この先どうなるかは神様にしかわからない。
ふたりの気持ちを思えば、この時間が少しでも長く続いて欲しかった。

ただ、広宗が東京の妻に母のことを黙っているのは想像できた。
万が一にも母の名前が出ないように、広宗からの金銭的な援助はすべて祐奈名義の銀行口座に振り込まれているしマンションも祐奈の名前で借りている。
広宗としても細心の注意を払っているのだろう。

広宗のしていることを『ズルい』とか『みっともない』という考えもあるだろうが、祐奈は気にしていない。
母が少しでも幸せを感じてくれること以外は、祐奈にとってはどうでもいいのだ。
もしこの関係を責められる時がきたら、祐奈が前面に出て悪者になればいい。
援助してもらったお金は何年かかっても祐奈が必ず返すと決めている。

入退院を繰り返している母を心配して、広宗は『顔を見るだけ』と言ってはふた月に一度くらいは京都にやって来る。
たいがいは祐奈が大学にいっている昼間のわずかな時間だが、広宗が来た日の母は嬉しそうだった。

(ささやかな母の幸せを守りたいだけ)

東京に広宗を訪ねた日から、祐奈の覚悟は一ミリも変わっていないのだ。


< 40 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop