あなたしか知らない


祐奈がアルバイトをしている『桜楽』は今夜も盛況だった。
京都御所の近くにある店までは、マンションの近くの駅から電車に乗れば十分くらいで着くし時給もいい。
祐奈としてはいいアルバイトだが、従姉妹たちはどんなに忙しい日でも手伝う様子が見られない。
不思議に思って古参の仲居に尋ねると、彼女たちは旅館の手伝いを嫌がっていると教えてくれた。

「お嬢さんたちは、仲居の仕事は好きじゃないみたいだからね」

力もいるし忙しい仕事だ。それにお客様への気遣いができない従姉妹たちには難しい仕事だと笑っている。
お嬢様気質の従姉妹たちだから仕方がないだろうと祐奈も納得した。
とっくに諦めたのか、伯母も娘たちには『店を手伝え』とは言わないらしい。

「祐奈ちゃん、お皿下げてきてくれる?」
「これ、楓の間にお願いね」

従姉妹たちと違って、祐奈は高校生の頃から『桜楽』で働いてきた。
以前は『厄介者』扱いされていたが、今では顔馴染みの仲居たちからは祐奈がアルバイトに入ると喜んでもらえるほどだ。
若いだけに何度も何度も皿を運ぶことをいとわないし、母親から仕込まれた作法はキチンと見についている。

料理旅館のお仕着せの着物姿になると、いつもは幼げな祐奈が年相応に見えるらしい。
肩にかかる長さの髪は仕事の邪魔だから、キュッと小さくまとめている。
くすみピンクの着物に、それより少し濃い色の前掛けをきりりと締める。
この格好をすると、祐奈はなんとなく背筋が伸びるから気にいっていた。

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