あなたしか知らない


仕事で大学を訪ねるたびに、凌はついあの女学生を探していた。

華奢な身体つきで目のクリッとした愛嬌のある顔立ちで幼げに見える。
ただ唇だけが妙に色っぽくてアンバランスな印象の子だ。
清潔感というか清涼感というか、側にいても暑苦しくない女性は凌にとって貴重だった。

小早川教授にからかわれてしまったが、凌はその家柄と外見で黙っていても女性からのアプローチが絶えない。
独身だから余計に『西尾製薬の後継者の妻の座』は魅力的なのだろう。

だが端正な見た目と違って、好きでもない女性に対して細々と気遣いをするタイプではない。
凌に期待して群がってくる女性たちは、会社を継ぐ気はないと仄めかすとたいがいは興味をなくすのか去っていった。

だが、あの女子大生には心が動いた。
あれから何度か小早川教授の部屋で見かけたが、凌に気付くと会釈して微笑んでくれる。
小早川教授は彼女の淹れるお茶が気にいっているのか、『お茶!』とひと声かけると彼女がサッと運んでくるという阿吽の呼吸だ。
凌も何度かご馳走になったが、確かに美味しかった。
特に蒸し暑い時期になってから、水出しの煎茶をすすめてくれた時は生き返った気分になったものだ。


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