あなたしか知らない


(当分、ここを出て京都に住もうか……)

実家で気の重い厄介事に巻き込まれるより、今は仕事に集中したい。
それに母には申し訳ないが、夫婦の問題に息子が口を挟む必要はないだろう。

(ふたりで話し合ってもらわないと)

凌の勤めるコンサルティング会社はアメリカに本社があるが、世界中に展開していて日本でも大阪と東京に支社がある。
今、凌が在籍しているのは東京支社だが、手掛けている案件は西尾製薬だけでなく関西地方の会社や京都の大学の薬学部が関係している。
この状況なら、京都に住むのもよさそうだ。

(東京には会議や用事のあるときに帰ればいいから、京都にいる方が便利だな)

そう決めた凌はすぐに準備を始めて、翌週の半ばには京都の住まいを決めていた。
凌が選んだのは粟田口から少し歩いた場所にある閑静なマンションだ。
大学にも会社に行くにも便利な位置だし、この辺りは観光客が多いようで神社仏閣から少し離れただけで雰囲気はぐっと変わる。

青葉の季節を過ぎれば京都は蒸し暑い夏を迎える。
だが秋になれば、マンションの窓から見える紅葉は素晴らしいだろう。
凌はひとり暮らしの解放感と、古都に住む高揚感を味わっていた


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