あなたしか知らない
だが、楽しい時間はあっという間だ。
そろそろ母のことが心配になってきた祐奈は帰らなくてはならない。
(これ以上一緒にいたら、もっと離れがたくなってしまう)
ふたりでいることの心地よさを知ってしまった。
(これが、恋なんだろうか)
母に何度か『恋人はいないの?』と尋ねられたことがあったが、これまでは気にもとめていなかった。
凌に出会って、初めて誰かのことを想う気持ち、一緒にいたいと願う心が祐奈にもわかった。
(私、凌さんに恋しているんだ)
だが、実るはずのない不毛な想いだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「すみません、お願いします」
祐奈にとって大切な一日だったが、それももうすぐ終わってしまう。
少しでも長くいたいという祐奈の気持ちとは裏腹に、車は順調に流れていく。
「どうした?」
凌の低い声が聞こえた。
「え?」
祐奈が運転席の方を向くと、凌の手が伸びてきた。
「涙が……」
そっと祐奈の頬に触れる。
「なにが悲しいんだ?」
「違います。あんまり楽しかったから……」
気が付けば、車は朝と同じ場所に停められていた。
もう陽が落ちていて、公園の駐車場にはひと気がなかった。
祐奈は楽しかったことを最後まで言うことはできなかった。
ふいに、凌の唇が祐奈のそれに覆いかぶさってきたからだ。
そっと柔らかさを確かめるように触れてきた唇は、すぐに離れた。
「すまない、急にこんな……」