あなたしか知らない
(これ以上、好きになっちゃいけないのに)
もし凌が、母と広宗のことを知ったらなんと思うだろう。
(あと少し……あと一度だけ)
そう思いながら祐奈は凌と会い続けてしまった。
一度が二度になり、あともう一度だけと願ってしまう。その連続だ。
バイトの帰りに迎えに来てくれたり、凌のお休みの日には遠出したりする。
束の間の恋だと自覚しながらも、祐奈は凌と過ごす時間が幸せすぎて手離せない。
『どこへ行きたい?』
凌は祐奈の希望を聞いてくれる。
『君の好きなものは?』
凌は、祐奈の好みをひとつひとつ確かめるように聞いてくれる。甘やかしてくれる。
これまで誰からも優先されたことのない祐奈には嬉しい誤算だった。
祐奈の気持ちを聞いてくれる時の彼の眼差しは真剣だし、笑顔は優しい。
仕事熱心な凌の話を聞くのも好きだった。
『義父の会社を継ぐ気はない』
『いつか、自分の力でベンチャー企業を立ち上げたい』
大手では考えられないスピード感で新しい薬を生み出したり研究がしたいという。
凌の希望は、まさに祐奈の夢と同じ考えだったのだ。
そんな話をする時の凌は、いつもの大人びた雰囲気ではなくキラキラと少年のように目を輝かせている。
新しい一面を知るたびに、祐奈はぐんぐんと凌に魅かれていくのだ。
気持ちだけではなく、彼とのキスはどんどん深いものになっていった。
からかうような軽いキスを凌が仕掛けてくる日もあれば、情熱的な思いのたけをぶつけあう日もある。
凌の唇からは祐奈を大切に思ってくれているのは伝わってくるが、祐奈から言いだすのを待っているのかじらしているのか、ハグしてくることはあっても身体を求めてはこない。
祐奈もこれ以上の凌との深い関係は望んでいなかった。
(もしすべてを彼にゆだねてしまったら、もう引き返せなくなってしまう)
わかっていても、凌に望まれたら許してしまいそうな自分の心が祐奈は恐ろしくてたまらなかった。