初めては好きな人と。

「ーーーそれでね、美月。昨日の今日でツラいかもしれないけど…、多田野建設の弁護士から早速謝罪と示談の申し入れがきたんだ」

 多田野、という名前を聞いた瞬間に、体がびくりと跳ね、思わず両手を握りしめた。脳裡に昨日の狂気に満ちた多田野の顔がフラッシュバックのように現れて、瞑目する。

「美月!」

 めまいがして視界と一緒に体が傾いたところ、護に抱き止められて事なきを得た。

「ご、ごめん…」
「いや、俺の方こそ配慮が足りなかった、ごめん」
「比田井さん、美月さんをこちらに」

 肩を支えられながらソファに座らされる。
 
「すみません…」
「謝ることなんてないんです。美月さんは被害者なんですから。ご自身が思ってる以上にきっと心はダメージを受けているはずです」

 柿田さんに言われた通りなんだろうと思った。さっきは大丈夫だと出社するつもりでいたけれど、多田野の名前を聞いただけでこの体たらくなのだから。

「それでね…、詳しい話は弁護士からあるけれど、今回は示談を受け入れた方が良いかもしれない」

 護の話によると、示談にすれば多田野洋二は無罪放免で釈放されるが、示談を断わったとしても初犯ということでどのみち不起訴になる可能性もあるという。それなら、向こうの意向を受け入れて反感を買わないに越したことはないだろう、というのが弁護士の見解だった。それに、洋二の両親が二度とこのような事が起こらないように責任をもって監視すると言っているらしい。

「示談でいいけど…、お金なんかいらない」

 正直、二度と私の前に現れないと約束してくれるならどうでも良かった。

「わかった。でも示談金は正当な額を請求するよ。それは美月の権利だから」

 その後、護は柿田さんにいくつか指示をして、柿田さんは会社に戻っていった。

 それを見届けてから私はソファに体を沈める。
 体が、頭が重たい。

「美月…」

 カタン、とソファの前のテーブルにマグカップが置かれる。甘い香りがした。護が心配そうに私の隣に腰掛けて、手を握ってくれる。ただそれだけなのにざわざわと波立っていた気持ちが落ち着きを取り戻していくのがわかった。

「護、仕事は大丈夫なの?」
「家でするから大丈夫。お腹空かない?何か食べたほうが良いと思うけど、コーンスープ飲める?」

 甘い香りは、コーンスープの香りだったんだ。お腹は空いてなかったけど、うんと頷いて体を起こしマグカップを手に取る。ふーっと息を吹きかけて冷ましてからゆっくりとすすると、とろりとしたのど越しのそれが体にやさしく染みていった。

「おいしい」
「一緒に暮らさないか?」
「えぇ?あ、あつっ」

 護が突拍子もないこと言うから、口の中やけどしちゃったよ。

「な、何、今、なんて言った?」
「だから、美月もここで一緒に暮らそうって話。あのアパートだとセキュリティも皆無だし、何より俺が不安で仕方ない」

 一緒に暮らす…?
 私と護が?

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