冷徹パイロットは極秘の契約妻を容赦ない愛でとろとろにする

「ああ、これか?」

彼がしてやったり顔で見つめているのは、国内製の高級腕時計だ。
円盤を縁取るいくつものダイヤを引き立たせるように、ダイヤルはひっそりとマットなブラックが敷かれている。
……ってこれ、紛れもなくあの時(・・・)の時計じゃん。

「えっ、ちょっと待ってください。それ、あのおじさんが持っていったんじゃないんですかっ」

「あの後すぐに、彼はこの高価すぎる品にビビッて返品してきた」

「え?」

さらりと告げられた事実に、目が点になる。
そんな私を見て彼は微笑みながら椅子から立ち上がった。

「だから時計の件はすぐになかったことにできたんだが、どうしても安奈と結婚がしたくて」

「うそっ……」

生真面目で誠実が売りの駆さんを信じ切っていた。
まさかそんなずる賢いこいことをする人だったなんて。

「ひどいです、それならそうと言ってくれたら……」

「こんな俺とは一緒にいられないか? 安奈が欲しかったんだ、どうしても」

まっすぐ見つめてきた彼の熱い瞳に、ぐっと心を鷲づかみにされる。
そんなもの欲しそうな顔をするなんて、本当にずるい人だ。
昨日の出来事が必然的に蘇ってきて、頬に熱が集中する。

目の前までやって来た駆さんは私の腰をそっと引き寄せる。
端整な顔が視界が定まらないところまでやって来て、淡い吐息が私の唇を撫でた。

「いえっ……、もうなんでもいいです! 私も駆さんと一緒にいたいから」

照れ臭いが、本心を伝える。
理由がどうであれ、私が彼に惹かれたのは事実なのだから。
この時計の事件がなければ、すれ違ったままお互いに別の人と一緒になっていただろう。

「というのは、冗談だ」

「ん?」
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