冷徹パイロットは極秘の契約妻を容赦ない愛でとろとろにする
「いえ。えーと」

私に背を向けて座っていた五十嵐さんが、伊織さんの声に勢いよく振り返る。
目をまん丸にさせた彼と目が合い、咄嗟に視線を外した。

「……ああコーヒーか、ありがとう。受け取るよ」

「あ、はい」


五十嵐さんは私の手から何食わぬ顔でお盆を奪う。
中央のローテーブルにコーヒーカップを手分けして置き終わると、彼はソファに座るタイミングで私の腰をそっと引き寄せた。

「!?」

「自然に振舞え。まだ終わっていない」

五十嵐さんは突然耳元で囁いてくる。
低音が鼓膜に響き、なぜかぞくっと甘い痺れが背筋に走った。

(さ、さっきのは、演技に熱が入っちゃったってことね)

まるで本当に思っているかのように自然だった。
彼が役者並みに演技が上手いということは、この二週間で十分すぎるほど実感している。

(それにしても、女性の扱いに慣れてる感じが癪に障る)

五十嵐さんはかっこいいし、仕事はできるし世間一般でいい男には違いない。
モテているのも十分知っている。
現に今、顔が近づいた時にものすごく香水のいい匂いがした。
全然好きじゃないのに、一瞬でも彼に心を翻弄されてしまったのがなんだか悔しい。

(きっとたくさん、女性と付き合ってきたんだろうな。経験値の差がすごい)

妙な気持ちを切り替えるため、私は苦手なブラックコーヒーを急いで口に含んだ――。
< 42 / 145 >

この作品をシェア

pagetop