Honey Trap



「あとクッキーありがとね。美味しかった」


里央の声がする。

ゆらり、とまばたきを境に、ゆっくり現実へと意識が戻る。


「なら、よかった」


付随するように思い出した昨夜の忌々しい記憶を、微笑み返すことで脳内から追いやる。

純粋に里央と話していると、出口のない迷路を彷徨って鬱々としていた思考が少しだけ晴れる。


里央といると呼吸が楽なのは、彼女のこういう部分なのだろう。


その言葉に裏なんて全くなくて、常に対等で、相手との距離感を間違えたりしない。

踏み込むラインを見誤ったりしない。

彼女は無意識なのだろうけど。


私のことをなにも知らない里央だけど、いや、だからこそ、私は彼女の前では肩肘張らずに済む。


それでもやっぱり、そんな彼女を欺きながら友達面をする私は、ずるいのかもしれない。


だってそれを利用しながら、私にはなんの執着もない。

きっと、離れる時は一瞬だ。



秋の空は、すぐに冬へと移り変わっていく。



< 127 / 296 >

この作品をシェア

pagetop