Honey Trap
「あとクッキーありがとね。美味しかった」
里央の声がする。
ゆらり、とまばたきを境に、ゆっくり現実へと意識が戻る。
「なら、よかった」
付随するように思い出した昨夜の忌々しい記憶を、微笑み返すことで脳内から追いやる。
純粋に里央と話していると、出口のない迷路を彷徨って鬱々としていた思考が少しだけ晴れる。
里央といると呼吸が楽なのは、彼女のこういう部分なのだろう。
その言葉に裏なんて全くなくて、常に対等で、相手との距離感を間違えたりしない。
踏み込むラインを見誤ったりしない。
彼女は無意識なのだろうけど。
私のことをなにも知らない里央だけど、いや、だからこそ、私は彼女の前では肩肘張らずに済む。
それでもやっぱり、そんな彼女を欺きながら友達面をする私は、ずるいのかもしれない。
だってそれを利用しながら、私にはなんの執着もない。
きっと、離れる時は一瞬だ。
秋の空は、すぐに冬へと移り変わっていく。