Honey Trap
「ごめんね、ちょっと行ってくる」
申し訳なさそうな表情を貼りつけて里央に言い残し、苛立ちが表に出ないように気をつける。
隙のない笑顔が、逆に胡散くさい。
表沙汰にした私たちの関係を、わざわざ見せつけるように堂々と呼び出す目的はなに?
言いたいことがあるならスマホひとつで済むのに。
「なんでしょうか、稲葉先生」
不自然さのないよう、微かな笑みを浮かべる。
少しくらい嫌味を込めたって、罰は当たらないでしょ。
「じゃあな」
「さよーなら」
「おー、さようなら」
取り囲んでいた女子生徒と挨拶を交わした男は、目線でついてくるよう合図する。
廊下の端まで移動すると、壁の隅に身を預けて見下ろしてくる。
ただでさえ背の高い男に見下ろされると、私なんて所詮は子供なのだと言われているようで、むかつく。