Honey Trap
「あ、清水さーん。待ってー」
バタバタと階段を駆け下りる足音が軽快に数段を飛ばして着地すれば、静かな廊下に脳天気な明るい声が響いた。
「今日、よく会うね」
あっという間に私に追いついて嬉しそうに隣に並ぶ和田くんに、上手く笑えているだろうか。
そんなこと和田くんには関係ないから、慎重に引いてきた線引きにも気づかず饒舌だ。
「てか、聞いてよ。起きたら誰もいなかったし、みんな酷くない?ま、寝てた俺も悪いんだけど…」
そこで私の方を振り向いた和田くんの言葉が、不自然に途切れる。
この人、意外と勘が働くんだった。
ちらり、と視線で問う。
「…清水さんさ、なんかさっきと変わった?」
なんで、そんなところだけ鋭いのか。
「変わった?どこが?なにも変えてないけど」
「なんていうか、…雰囲気?」
「数時間でそんな変わらないよ」
なんてことない風に笑い飛ばす。
その小さな違和感が、彼の中で形を持ってしまう前に。