Honey Trap



「…ありがとう」


普段は人見知りも物怖じもしない性格なのに、今の私はまるで借りてきた猫。

大人とは違うから、反応が読めなくて臆病になる。


男の方も年下の私に対しての戸惑いが、不自然に私を避ける視線に表れていた。


「みっちゃん林檎好きだもんね。よかったね」

「そうなんですか?たくさん食べてね」

「…うん」


祖母がそんな私を見て話題を繋ぐ。

話しかけたいのに、どう話しかけていいか分からない心情を見透かされたみたいで恥ずかしくなって、せっかくの会話のきっかけに頷くのがやっと。


それ以上、距離感を埋めることができずに男はすぐに帰っていった。

その背中はとても遠くて。

その時の私には、男を引き止める言葉も方法もなにも分からなかった。


ふ、と足元の箱に視線を落とす。

艶々と真っ赤な光沢を放つ林檎はまるで、禁断の果実のように、御伽噺の毒林檎のように、私を誘っているかのようだった……。



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