とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
おずおずとキッチンへ向かうと、由紀ちゃん、と呼ばれた。
改めて見ても邑木さんの表情はいつもとなにも変わらなくて、わたしはどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。
叱られて謝った後の子どものように表情を探す。
「夕食は何時がいい?」
「何時でもいいですけど……。こんなに早く仕事が終わったんですか?」
「まあね」
まちのパンやさんの勤務時間なんて知らないけれど、本当は仕事を抜け出してきたんじゃないだろうか。
いつも邑木さんがバーへ来ていたのはもっと遅い時間だ。
ワイシャツにスラックスの姿の邑木さんが、エプロンをして夕方前にキッチンに立っている姿には違和感を抱く。
「あの、邑木さんここに私服とかあるんじゃないんですか?」
「あるけど、どうして」
「なんでそんな格好で料理するんですか。服、汚れちゃいますよ」
「ああ、確かにそうだな」
「わたし、手伝うので邑木さんは着替えてきてください」
そう言うと、邑木さんは少しの間をあけてから、手伝ってくれるの? と訊いた。
わたしは短く頷く。
「そうか、ありがとう。じゃあ着替えてくる。
でも、それだと由紀ちゃんの服が汚れちゃうから」
邑木さんは自分が着けていたエプロンを外し、わたしに腕を通させた。
自分でやるからいいと言っているのに、わたしの背後に回って腰紐を結びはじめる。