とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
思い当たる節はいくつもあった。


上の人間に代われ、と怒鳴る顧客。
数字に追われ、まったく気の休まらない休日。
帰宅した途端にぼろぼろあふれ出した涙。
虚像された「わたし」を壊したくなくて、漏らせなかった弱音。


いつだって、忘れたいことはいつまでたっても忘れられなくて。
忘れようと思うたびに深く、色濃く脳に刻まれる。
それはもう回避することの出来ないループ。

動悸が、躰の底から湧き上がる。

「由紀ちゃん。苺食べな。ほら」

ピックに刺した真っ赤な苺を差し出され、はっとした。

邑木さんの手からピックを取ろうとしたけれど、苺はもう唇のすぐ先まで近づけられていて、目の前の瞳はまるでわたしを挑発するようだった。


これくらいのことでまさか動揺しないよね。口を開けて、食べられるよね、と。


こわごわと、口を縦に開き、苺を頬張る。

「わ、これすごく甘い」

それまでよりもとびきり甘い、当たりの苺だった。
思わず笑みをこぼすと、邑木さんの目元がやわらかくなった。

そういえば、この(ひと)はわたしの仕事だとかを訊いてこない。
いつも当たり障りない、そういう話しかしない。
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