好きになっちゃ、だめでしたか?
 俺たち家族が留衣の隣に引っ越したのは、俺が3歳くらいのときだ。

 引っ越した当初は挨拶をするだけの関係で、とくに留衣はいつもおばさんのうしろに隠れてまともに顔を見せてくれなかった。

 幼稚園に通うようになると、そこに留衣がいた。

 留衣は相変わらず俺とは話そうとせず、同性の友人に囲まれて過ごしていた。

 隣人であるのが嘘かのように、一言だって俺に話しかけてこようとしなかった。

 ある日、公園で珍しく留衣が男子と話しているのを見かけた。

 留衣は「止めて、返して」と手を伸ばしていて、その先にはピンク色のハンカチを持った男子がいた。どうやら、楽しく遊んでいる、というわけではないようだ。

 今考えれば、あいつは多分留衣のことが好きでからかっていたんだと思う。

 俺はそいつが留衣にハンカチを返すまでの一連の流れを遠くから見ていた。
 
 ハンカチを返してもらった留衣は本気で嫌な顔をして、そいつがいなくなったあとに1人で泣きはじめた。最初は静かに、だんだんと声が大きくなって公園中に留衣の声が響く。

 返してもらったハンカチで顔を拭くこともなく、頬を涙で濡らしている。

 話しかけようか迷った俺は、だけどあまりにも留衣が泣きつづけているものだから、そっと隣に移動した。

「あ、あの、大丈夫?」

 留衣は泣きながら顔を向けた。

「もしかして、隣に住んでる子?」

 ひっくひっくとしゃっくりをしている。

「うん、蒼って言うんだけど、覚えてる?」
 
 留衣は小さく頷いた。俺はそのとき嬉しかった。自分のことを覚えていてくれたんだと。

「もしよかったらさ、今度から一緒に遊ぼうよ。そしたら、さっきのやつも嫌がらせしてこない」

 俺はただ、隣に住む女の子が泣いている姿を見たくないだけだった。

「いいの……?」

「いいよ、それくらい」

 留衣は笑った。そのとき夕日が出てきて、留衣の顔をきらきらと照らす。今までに見たどんな女の子の顔よりも奇麗だとそのときは思った。

 そのときから俺は、留衣の隣にいることになった。
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