※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
 ヴァルカヌスは綺麗に髪を撫でつけ、漆黒の紳士服に身を包んでいた。元々大人っぽい雰囲気のヴァルカヌスだが、今夜の彼は更に洗練され、冴えた月のような印象を周囲に与える。深いすみれ色のクラバットは、アグライヤのドレスの色に合わせたものだ。彼の瞳の色にもよく似合っている。


(思えば一緒に夜会に来るのは初めてだ)


 婚約者が居たのだから当然のことだが、何だか新鮮な気分だ。アグライヤはこっそり深呼吸を繰り返しつつ、平常心を装った。


「綺麗だな」

「……? 何がだ?」

「そんなの、アグライヤのことに決まっているだろう」


 そう言ってヴァルカヌスは仄かに目を細める。アグライヤは目を見開きつつ、思わず顔を背けた。


(いや、決まっていない。決まっていないぞ、ヴァルカヌス)


 これまでならば普通に言えたであろうそんな言葉を、アグライヤは素直に吐き出せずにいる。
 そもそも、『綺麗』だなんて言葉をヴァルカヌスから言われたことがなかった。夜会仕様――――はたまた婚約者向けのリップサービスなのかもしれないが、少なくともアグライヤには耐性がない。


(心臓が馬鹿みたいに痛い)


 ヴァルカヌスがアグライヤのことを『友達』としか思っていないのだと分かっているが、それでも胸が期待に躍る。友情が愛情に変わる日が来るかもしれないと思ってしまう。
 その時だった。


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