※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
***



 そんなことが続いたある日のこと。


「破談⁉ 兄様とヴァレリア様が⁉」

「……ああ。先方からそのように申し渡された」


 苦々し気な表情で伯爵が言う。ルルは思わず目を見開いた。


「だっ……だけど、あんなに上手くいっていたじゃありませんか! わたくしが何度邪魔しても……っ、と」

「――――おまえが二人の結婚を邪魔しようとしていたことは知っている。だが、あちらの翻意はそれとは関係ないとのことだ」


 はぁ、とため息を吐きつつ、伯爵は大仰に項垂れる。


「正式な婚約が未だだったのは、双方にとって幸いだった。経歴に瑕がつかないからな。カインの方が翻意するかもしれないと、そう思っていたのだが――――」


 そう口にする伯爵の表情は大層暗い。ルルは唇を尖らせつつ、胸に大きな蟠りを抱えていた。


「どうした? 随分浮かない表情じゃないか。おまえはカインの結婚を阻止したかったのだろう? この話を聞いたら喜ぶに違いないと思っていたのだが……」

「――――――そう、ですね。その筈だったのですけど」


 答えながら、ルルはそっと胸を押さえた。


(どうしてこんなに、胸が苦しいのでしょう?)


 考えつつ、ルルはギュッと目を瞑る。彼女の脳裏に浮かんだのは、兄のカインではなかった。


「何で……?」


 これまでずっと、十何年もの間、ルルの心を占拠していたカインの姿が今は見えない。浮かび上がるのは兄とは真逆の――――別の誰かの姿だった。


「旦那様、実は……」


 侍女の一人が、伯爵に向かってそっと耳打ちをする。小さな騒めきが聞こえ、それが段々とこちらに近づいてくる。


「――――失礼いたします」


 男性の声が室内に響き渡る。その瞬間、ルルはパッと顔を上げた。


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