※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「アベル様……」


 呟きながら、ルルは密かに瞳を潤ませた。先程まで頭に浮かんでいた人物が、今まさに、彼女の目の前に現れたのである。


「突然の訪問、申し訳ございません。妹がカイン様との婚約を破談にしたと聞きまして……。居ても立っても居られなくて――――」


 そう言ってアベルは膝を突く。


「伝えたいことがあるんです。今……どうしても、お伝えしたい」

(……一体、何なのでしょう?)


 ヴァレリアの気持ちだろうか?ルルは戸惑いつつも、父親の隣でアベルを見つめた。


「――――正直俺は、妹が居ればそれで良かった。他には何も要らないと、そう思っていました。
けれど、ルル様――――あなたと共に過ごす内に、俺は考えが変わりました」

「……え?」


 思わぬ話の展開に、ルルは大きく目を見開く。伯爵も娘とアベルとを交互に見つめた。


「妹とカイン様の結婚が破談になったことで――――俺はかなり戸惑いました。妹の結婚が破談になってしまえば良い……ずっとずっと、そう思っていたのです。喜んで然るべきでした。
それなのに、俺の胸を占領したのは『ルル様にもう会うことができない』という現実と、深い悲しみだったのです。
クルクルと変わるルル様の表情が……屈託のない笑みが――――明るい声がもう聞けないのだと思うと、胸が引き裂かれそうな心地がして。妹の結婚が決まった時より、苦しくて堪りませんでした。
いつの間にかルル様は、俺にとって掛け替えのない大切な人になっていたのです」


 アベルはルルの手を握り、真っ直ぐに彼女を見つめる。


「ルル様……どうか俺と、結婚してくださいませんか?」


 その瞬間、ルルが大きく息を呑む。
 震える声音、熱っぽく揺れ動く紫色の瞳が、彼の想いを物語っていた。


< 234 / 528 >

この作品をシェア

pagetop