※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
 けれど、それは半分本当で半分は嘘だった。

 ノエミの両親は超がつくお人好しで、困っている人が居ると放っておけない質だ。
 領民たちのために手を貸すだけならまだしも、素性の知れない人間にまでお金を貸し、持ち逃げされることもしばしば。そんなことが続いた結果、ラヴァリエール伯爵家は財政難に陥っていた。

 だからノエミには、他の令嬢のような刺繍や外国語といったお金のかかる習い事はできない。持参金も碌に期待できないノエミには縁談も来ないため、卒業後、自力で生きて行けるように、今の内に出来る限り知識を身に着ける必要があった。


「そっか。俺も好きだよ、小説」


 そう言ってジュールは屈託なく笑う。普段見せる隙のない雰囲気とは違っていて、ノエミはドギマギしてしまう。

 講義以外でジュールと会話を交わすのは初めてだった。こんな風に隣り合って座ることだって、当然初めてのこと。手を伸ばせば触れ合えるような近しい距離。互いの心臓の音まで聞こえてしまいそうだ。


「――――そろそろ閉館の時間です」


 けれど、幸せな時間は長くは続かなかった。
 ジュールが訪れたのは閉館も間際のこと。二人はすぐにここを出て、寮に帰らなければならない。


(ツいてない。折角ジュール様とお話しができたのになぁ)


 こんな偶然、二度とないだろう。ノエミは小さくため息を吐きつつ、ジュールの方をチラリと見上げる。


「――――仕方がないから出ようか」


 困ったように笑いながら、ジュールはごく自然にノエミへと手を差し出す。驚きに目を見開くノエミを前に、ジュールは優しく微笑み続けた。


(ここは……手を繋ぐのが正解、なんだよね?)


 降ってわいた幸福に戸惑いつつ、ノエミはおずおずと手を伸ばす。ジュールは満足気に目を細めると、ノエミの手を取り歩き始めた。


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