※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「ザックさま!」


 クロシェットが叫ぶ。
 沿道から勢いよく飛び出し、彼女は唇を震わせた。


「ザックさま!」


 馬車が停まる。人々が罵声を上げる。
 騎士たちがクロシェットを跪かせ、拘束する。


「貴方をずっと待っていました! ずっとずっと、お会いしたかった!」


 クロシェットが叫ぶ。

 会いたかった。
 ずっとずっと、会いにきて欲しかった。
 抱き締めてほしかった。

 けれど、ザックは冷めた瞳でクロシェットを見つめながら、馬車から降りようともしない。


「ザックさま……お知り合いですか?」


 姫君が尋ねる。
 ザックは小さく鼻で笑った。


「まさか。熱狂的な崇拝者の一人でしょう」


 その瞬間、それまでじっと黙っていたウルが牙を剥く。

 子犬から本来の大きさへと戻った彼は、クロシェットを拘束している騎士へと襲いかかり、咆哮を上げた。ビリビリと地面が揺れ、人々が吹き飛ぶ。そのすきにウルはクロシェットを背中に乗せると、勢いよく走り出した。


「待て! 逃さないぞ! 俺の晴れ舞台を汚しやがって……!」


 ザックの怒声が響き渡る。

 と、その時、フェニが上空へと舞い上がった。紅蓮の炎をまとった紅の鳥――――人々は神々しい彼の姿に目を奪われ、息を呑む。けれど次の瞬間、フェニは勢いよく馬車へと突進した。


「きゃあ!」


 大きな炎を上げて、馬車が燃え盛る。逃げ惑う人々で、沿道は大混乱だ。
 予想だにしない事態。騎士たちは姫君を救出するのに精一杯で、クロシェットを追うことができない。


「誰か、その女を捕まえろ! 」


 ザックの声が段々と遠ざかっていく。
 クロシェットはウルの背の上で、涙を流し続けた。


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