※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
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 八十日目。


「マイリー、そろそろ記事は書き上がりそう?」


 仕事が終わり、ソファで寛ぐ殿下に呼び出されたわたしは、そんなことを尋ねられていた。


「いえ、正直言って手がかりが少なすぎるので、全く」


 殿下にお茶を淹れつつ、わたしは唇を尖らせる。すると殿下は目を丸くし、神妙な面持ちで身を乗り出した。


「手がかりが少なすぎる?」


 殿下の声音は、心底不思議そうだった。コクリと大きく頷きつつ、わたしは小さくため息を吐いた。


「だってそうでしょう? お相手の女性を城に呼んでいる様子も、殿下がお会いに行かれている様子もないし。それらしき噂も全然流れないんですもの」


 殿下は眉間に皺を寄せ、何事かを思案するように顎に手を当てる。


「ねぇマイリー。数日前、机にメモを置いておいたんだけど、見た?」

「……? えぇ。青色の宝石と赤色の宝石を書き並べていらっしゃった紙ですよね」

「そう、それ」


 殿下はそう言って苦々しい表情を浮かべる。やっぱりあれは、わたしへのヒントだったんだなぁって再確認しつつ、何だかソワソワと落ち着かない。
 殿下がチラリとわたしを見て、それからプイと視線を逸らす。心なしか頬が染まって見えた。


(何それ何それ! そんな顔したら、普通の女の子は勘違いしちゃいますって!)


 ブンブンと頭を横に振りながら、わたしはそっと俯いた。


「青い宝石は、殿下の瞳の色を表しているのかなぁって思ったんですけど」

「うん、そう。その通り。――――そこまで分かっているなら、赤色の宝石が誰を示すのか、分かっても良いと思うんだけど」


 殿下は少しばかり不機嫌な様子だった。口元を手のひらで覆い、拗ねたような表情でわたしを見つめている。
 心臓がチクチク疼くのに気づかない振りをしながら、わたしはゆっくりと目を瞑った。


「それが、お茶会に招待されていた御令嬢の念写を見返してるんですけど、これ、という方がいなくって」


 そうなのだ。
 あれから何度、念写を見返しても、殿下の想い人らしき人が見当たらない。そもそも赤色の瞳は珍しいし、殿下がリストアップした色合いの娘はいないのだ。


「マイリーさぁ」

「はい」

「ちゃんと鏡見てる?」

「――――それ、一体どういう意味ですか」


 残念ながら、返事はなかった。


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