裏側の恋人たち


そんな予想外の夜。

大将は私を腕の中に囲い込み出してくれない。

「公表するの、嫌だったのか?」

「そんなことないけど」

「なら、ふみかは式や披露宴をやるのが嫌なのか?」

「嫌ってわけじゃあないけど。ちょっと不安なの。・・・・大将の元奥さんってすごく素敵な人だったし」

大将はバツイチだ。
ただ彼の過去をどうこう言うわけじゃなくて。
今の大将があるのは過去があったからだと思うし、それはそれで問題ない。問題はそこじゃないのだ。

大将と元奥さん、それに私が同じ高校の先輩後輩でしかも同じ部活ってことで地元のコミュニティが共通していてーーー

ーーー全く知らない人ならよかったのに。

比較されるんだろうなと思ったら勇気が出ない。

「大将のせいじゃないし、奥さんのせいでもないから」

「《《元》》な」

「ああ、ごめん。元ね」

「俺はさ、自慢したい。ふみかのこと」

思ってもみなかった大将の言葉に顔を上げると、額に唇が落ちてきた。

「俺と元嫁はうまくいかなかった。アイツのやりたいことと俺のやりたいことは重ならなかった。それでもいいと思ったのは俺だけで、アイツはさっさと見切りをつけて好きなことをしてそこで好きな男を作った。言ってしまえば簡単な話だけど、正直アイツのことはもう思い出したくない」

大将は私の髪をひと房手に取りくるくると弄びはじめる。

「アイツは高校時代いい成績で弓道部部長でいい大学に行った俺のことが好きだっただけで、俺が商社を辞めて飲食店をやりたいと言ったら大反対。エリートサラリーマンの嫁になりたかったのに先が見えない自営業者なんてお断りって言われたよ。向こうの親にお互い頭を冷やすように言われて暫く別居したけど結局アイツがオトコを作って離婚」

弄ぶのをやめ今度はやわやわと髪を梳き始めた。

離婚のいきさつは初めて聞いたけれど、そんなことがあったのか。

大将のぱつっと張った胸板に頬を寄せすりすりとすると大将が笑った気配がする。

「お前は素敵な人だって言ったけどな、実情はこんなもんだ」

「それは大将の傷?今でもまだ少し好き?」

途端にぱつんっとデコピンされた。

「いたっ」
赤くなっただろう額を押さえると、
「俺の心の方がもっと痛いわ。今の話のどこにそんな要素があったのか教えろ」
もう一度ぴこんとデコピンされた。

「ふみかはそんな女じゃないだろう。比較できないし、したくもない。アイツには離婚してくれたことを感謝することはあっても、恋慕の情も未練も欠片も無い。お前とは全く違う女だ。お前に捨てられたら俺は未練たらたらで生きていける気がしない。
一回目は見誤って失敗したけど今度は失敗しない。嫁はふみかだから。」

嫁はふみかーーー
そんなこと言ってもらえるほどいい女じゃないけど。

それでもやっぱり私には自信が無い。

「俺は見せびらかしたいよ。いい奥さん見つけたんだぞって。俺が二度目ってことでふみかが俺のこと恥ずかしいとか見せたくないとか嫌な思いをするのなら我慢するけど。でもご両親にはふみかの花嫁衣装見せたいから式はやろうな」

「ーーーいい女じゃないけどいい?」

「いい女だって言ってるだろ。俺こそバツイチだけどいいか?」

「バツなんてちょっとも大将の瑕疵になりません」

「じゃあひとつ確認するけどーーー」

急に私の髪を梳いていた手が止まった。

「俺と入籍することにためらいはあるか」

その言葉で自分の大きな失敗に気が付いた。
私は自分のことばかり考えて大将を傷つけ不安にさせた。自分のことしか考えてなかった。


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