裏側の恋人たち
私の魅力で瑞紀の考えを変えてやるなんておこがましいことは問題外。
私に結婚願望があるのなら瑞紀は諦めるしかない。

一人の女にとらわれることを是とせず、仕事が楽しくて仕方がない33才瑞紀が結婚したくなる日が来るとしたら、それは40後半になって人生を振り返ってさみしくなった時じゃないだろうか。
その頃にセレブ婚にありそうな若い奥さんもらって家庭を築くのだろう、たぶん。
よくある話だ。


まあいいや。すぐに結論出せそうもないし。
とにかく寝よう。明日からまた仕事だ。

身体が温まり、徐々に眠くなってきた。
考えるのが面倒になって私は目を閉じた。




翌日はすっかり回復していて気分爽快。
夕方までの勤務を終えて久しぶりに『リンフレスカンテ』に向かった。

今日はマグロのホホ肉のステーキが食べたい気分だ。

「こんばんは」
「いらっしゃいませーーあ、響さん。ご無沙汰だったじゃないですか。どうしてたんですか」

まゆみさんが私を恨みがましい眼で見る。

「忙しかったのよー。病欠やらなにやら欠員で。仕事、仕事、睡眠。仕事、仕事、睡眠の繰り返し。ね、今日マグロのホホ肉ある?あと、グラスワイン赤で。クルミの黒パンとサラダも適当にお願い」

いつもの指定席、カウンターの右から2番目の席に座り、メニューも見ないで注文した。

「え、オーナーとお出かけは無しですか」

「うん。今日はここのマグロが食べたい。瑞紀は上にいるの?今夜は瑞紀には私が来たこと連絡しなくていいから。ここで食べるだけだし」

「もう、ホントにお二人ってどうなってるの。土曜の慰労会のアレで仲が深まったと思ったらそうでもないみたいだし。今日も忙しいのに朝からオーナーは機嫌悪いし。ここのスタッフのためにオーナーをどこかに連れ出してください」

まゆみさんがわざとらしく大きなため息をついてみせる。

「いや、そんなこと言われても。今日の瑞紀の機嫌と私は関係ないし、私はホホ肉のステーキが食べたいの。もう空腹で死んじゃう」

泣き真似をすると仕方ないと舌打ちしそうな雰囲気でオーダーを持って厨房に行ってくれた。
まゆみさん、客商売でその態度はどうかな。もちろん私限定の対応だってことはわかってるけど。

店内を見回すと平日だというのにテーブル席はお客がいるか予約の札が立っている。もともと人気のお店だったけど、ずいぶんと繁盛している。

赤ワインを持ってきてくれたまゆみさんに「混んでるのね」と言うと「この間の結婚パーティーの参列者の口コミで予約が増えていて嬉しい悲鳴なんです」と困ったように笑った。
パーティーが成功して客足も伸びるとは。
さすが二ノ宮家のパーティーだ。影響力がハンパない。

「だから、オーナーの機嫌が悪いと従業員の士気に影響するんですよお。響さんったらここんとこお店に顔も見せないし」

「うん、だからさ、忙しかったのよ。睡眠とるだけでいっぱいいっぱいだったの」

「オーナーにはちゃんと連絡してるんですよね」

「してないわよもちろん。連絡先、知らないもん」

「えええーマジですか」
まゆみさんがのけ反った。

瑞紀のプライベートな電話番号とかアドレスとか知らないのは本当だ。

再会したばかりの頃、教えてとお願いしたのだ。そしたら、ここに連絡してくれれば連絡取れるからいいだろって言われて教えてもらえなかった。
それから何度か頼んでも同じ返事が戻ってきてーーー瑞紀に用があればここに来ればいいと自分を強引に納得させて諦めたのだ。

瑞紀の言うとおり、ここに来れば瑞紀に会えたし。


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