裏側の恋人たち
「ええっと、確認なんですけど・・・オーナーに響さんの勤務のスケジュールなんかの連絡はどうやって・・・?」

「してないわよ、もちろん」

勤務表なんて教えたことはない。
顔を合わせて飲んでるときに明日は夜勤だから今夜はゆっくり飲めるとか、明日から三日間朝から仕事だから今夜は早めに帰るなんて程度の話をしていたくらい。

「嘘でしょ」とまゆみさんの顔色が悪くなる。
嘘も何も、それが真実。
私と瑞紀の付き合いなんてそんなものだった。

「それでどうやって付き合ってたんですか」
「だから、付き合ってないから」

「ーーーちょっと頭がクラクラするので仕事に戻ります」
「あ、うん、どうぞ」

突然話を切り上げたまゆみさんはこめかみをぐりぐりとしながらふらふらと厨房の中に戻っていった。
まだ時間が早いせいか満席にはなっていないけれど、このあと大丈夫かな。
お店が繁盛するのはいいけど、忙しすぎるのも従業員は大変だ。お給料アップするといいね。

オリーブオイルにじっくりと浸ったチーズを味わっていると、目の前にマグロのホホ肉のステーキが載ったお皿が届いた。

「わーい、いただきます」
フォークを刺そうとした瞬間、お皿がさっと引かれて私の目の前からマグロのホホ肉が消失した。

「ちょっと、何するのよ」

「それはこっちの台詞だ」

マグロのホホ肉を取り上げたのはもちろん瑞紀で今日は眉間のしわが特に深い。

「儲かってるんでしょ。忙しくて結構じゃない。疲れてるからって八つ当たりしないで私のホホ肉返して」

ぶうっとむくれるとチッと舌打ちが返ってくる。
うわあ、このお店のオーナー態度悪っ。

カウンターにいるのは私だけだけど、テーブル席のお客さんから見えるかもしれないのに。

「おい、ちょっと上に来い」

「え、イヤよ。今からここで食事するんだもん。今夜は着替えるのも出掛けるのもイヤ。さあ、そのホホ肉返して」

チッと再びの舌打ち。

「ねえ、冷めちゃうから。今日私がどれだけこのホホ肉を食べたかったことか。呪うわよ」

目を細めて睨むとやっとお皿が返ってきて早速ナイフを入れひとくち口に運ぶ。
うーん、美味。柔らかジューシー。

「それ食ったらちょっと来い」

「お断りします。疲れてるの。話があるならここでして」

もぐもぐ、ゴクリとホホ肉と赤ワインを楽しむ。

私はもう瑞紀に共に老いるまで隣にいる将来を期待するのはやめたのだ。

友人であることをやめるつもりはないからここには来るけれど。

頻度は減るし、瑞紀の仕事に付き合うことはなくなるだろう。部屋に置かせてもらっている洋服も機会を見て回収するつもり。

私は本気だ。


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