裏側の恋人たち
「響のことが大事だと言っただろうが。この部屋に入れるのもお前だけだと」

言ってたっけ。
そんなようなことは言ってたけど。
あれって愛の告白?
しかも私に向けてじゃなくて他の女に向けて言ってなかったか?

「酔っ払いの戯言を信じろと?」

「ああ・・・まあ。それはすまん」

「そうだよね」

お互いにため息をついた。
なんだろう、この会話。

「で、アレが愛の告白だったと瑞紀はそう言うんだ」

「そう」

「そう。で、愛の告白をしてどうしたいの?」

「どうって?」瑞紀の眉が上がる。

「そう、私たちどう変わるの?」

「スキンシップしたりお互いの部屋に泊まったりとか・・・食事だけの関係を変えたい」

へえ。今の関係を変えたいと思ってくれているのね。
でも、その言い方だとそれって今までの関係に身体の繋がりが増えるだけのような気がする。

その先をと将来的なものを望む私と、オトナの付き合いを望む瑞紀とは求めるものが違っている。

確かに瑞紀のこと諦めて離れる前に1回ヤってもらって終わりにしようかと思ったことはあった。でも、今実際に身体を繋げてしまったら離れられなくなりそうで怖い。

瑞紀の提案を受け入れることは出来ないと言おうとしたところに来客を知らせる玄関のチャイムが鳴った。

「誰だよ、こんな時間に」
不機嫌な様子でインターホンの画面を確認しようと瑞紀が立ち上がる。
と間をおかずに電子音がしてガチャリと玄関ドアが開く音がして誰かが解錠して入ってきたのだとわかる。

すぐにパタパタッという足音がしてリビングのドアが開かれた。

「ただいま~」

現れたのは私よりもちょっと年上と思われる女性。
ただし、見た目は私より数段可愛らしくスタイルもいい。美人よりカワイイ系。

瑞紀は棒立ちで突然現れた彼女のことを見つめていた。

「瑞紀、明日大安なんだって。遅くなっちゃったけど、あれ出しに行こう」

彼女がガサガサと手にしていたバッグから取り出したのは一枚の紙切れ。
視力のいい私には何が書いてあるかバッチリ見えました。

婚姻届
しかもその書類、しっかり記載されている。黒い文字でびっしりと。
夫となる人の記入ももちろん。

あーそうですか、そうですか、ご結婚の予定が合ったとは知りませんでした。

私と再会してから女性の影はなかったなんて私の誤解。どんな事情があったのか知らないけど、やっぱりあの部屋の主って瑞紀のそういう人だったんだ。
長いこと留守にしていただけ。

「いや、急に帰ってきて何言ってるんだよ、お前。ふざけんな」

珍しく瑞紀が取り乱している。

「うん、遅くなってごめんね。でも無事に帰ってきたからいいでしょ、みっくん」

「だから何言ってるんだって」
瑞紀が彼女に近付こうとすると「まず着替えてくるね~」と彼女はスタスタとリビングを出て行った。

「おい、待てって」

彼女が向かった先はもちろんあの部屋だった。
瑞紀は彼女の後を追おうとして振り返り、気まずげに私の顔を見た。

「やだー、私のお布団がない~」と廊下の向こうから彼女の声がする。

・・・彼女は私のことを100パーセント綺麗に無視していた。

ソファーに座らず床に直座りしていたから視界に入らず気が付かなかったーーーってことはないか。
笑える。

ソファーの影に置いていたバッグを手に取って立ち上がった。

「ごちそうさま。婚約者さんには《《まだ》》浮気してないってきちんと伝えた方がいいよ」

「響、違う。あいつはーー」
腕をとられそうになって身を躱した。

「あ、布団なんていらないか~どうせ一緒に寝るんだもんね~えへへ」

あちらの部屋から彼女の楽しそうな声がして私は瑞紀の頬を張った。
このクソが。

「アイノコクハクありがとう。ドクズね」
言い捨ててリビングを飛び出した。

「待てっ、響。ちょっとーーうわっ」

私を追うつもりだったのかはわからないけれど、私が玄関にたどり着いたとき、彼女が部屋からぱたぱたと出てきて「ねえ、お腹空いちゃったわ、みっくーん」と甘い声で彼を呼ぶのが聞こえた。

はいはい、どうぞ、お幸せに。

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