裏側の恋人たち
階段を二段飛ばしで駆け下りて路上に出て歩道を走る。
自分の自宅の路線じゃない一番最寄りのメトロの駅に飛び込み、行き先も見ずそこにたまたま来た電車に乗り込んだ。

なんなの、なんなの、なんなの、あいつ。
信じられない。

思い出すと背中がぞわぞわして、胸の中がドロドロして、足元から力が抜けて膝がガクガクしそうだ。
吐きそう。

瑞紀にはちゃんと婚約者がいた。
姿を見ることはなかったけれど、確かにあの家には前から彼女の部屋があったし玄関を解錠する暗証番号も知っているのだから間違いない。

だったらなぜ、このタイミングで私に愛の告白とやらをしたんだろう。
もしかして、性欲に負けたのか。
さみしくて私とヤりたくなったのか。


「私だけじゃなくて婚約者も彼女でも妻でもないってか」

ふんっ。
呆れて涙も出ないわ。
あのカスめ。


顔を上げて地下鉄の行き先表示を見た。
やだ、全然違う方向に乗っているどころか、都外に向かってる。
とりあえず次の駅で降りてJRに乗り換えて自宅に帰ろう。

いつもなら20分で帰るところを大回りして帰宅し、疲れてぐったりの私はすぐに眠りについた。




*****

あれから3週間。
『リンフレスカンテ』に行かずとも夕食難民になることもなく、私は元気に働いていた。

それというのも、以前募集があった院外研修で九州の島々を巡る健診ツアーで2週間の出張に出ているからだ。

瑞紀?
え、誰それ。
そんな人、知りませんけど。

まゆみさんたちスタッフさんからたまに食事のお誘いメッセージが来ていたけれど、仕事が忙しくて行けないとお断りしていた。

九州の島からは行けないし。
こちらで提供される現地の料理も美味しいし。彼女たちにそんな詳しい事情は言ってないが。


二ノ宮グループの医療施設に所属するドクター1人とナースが5人、技師が3人、事務が3人が1チームになり合計3チームで島や僻地を回って健診業務を行う。

3食自己負担無しで提供されおやつまでもらえる美味しい仕事だ。

もちろん、業務はそれなりに大変だし真面目にきちんとやっている。
ただ日々、都会の真ん中で神経を張り詰めて命のやりとり的な仕事をしているから、こうやって島の人たちと交流しながらの仕事もいいものだ。

海と山に囲まれた島。
はあー綺麗な景色と美味しい郷土料理に癒やされる。

でも、それもあと一日で終わってしまうけど。

基本、事務職とナースは2週間の派遣でその他の職種は最低1週間からと決まっていた。それぞれの職場や家庭の都合に合わせてスケジュールが組まれるのだ。
二ノ宮グループの病院や医療施設から動員されてきた寄せ集めのチームではあるけれど、寝食を共にしているとずいぶん親しくなってチームワークが生まれるものだ。

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