裏側の恋人たち
えーっと。
どうしてここなんだろう。
『リンフレスカンテ』ではなかったものの、このビアレストランは瑞紀の持つお店の中でダントツに広いからこういう集まりに適しているのだろうけど。
20数人の中に紛れていればバレないかもなんて甘い考えはすぐに消え去った。
席に案内されたときに既に私の存在に気が付いたウェイターくん。
オーダーを取りに来た女の子もビールを持ってきてくれた子もわざわざ「今晩は、響さん。お久しぶりですね」と声を掛けていくし、カウンターにいた店長も意味ありげな視線を送ってくる始末。
何か言いたげなみんなの視線が非常に居心地悪い。
「なんだかスタッフが皆佐脇さんに声を掛けてくよね」
「佐脇さんってここのお店の常連だった?」
「あー、まぁー、常連といえば常連だった・・・かなぁ」
柴田さんと宮原さんに挟まれてあはははと頬を引きつらせる。
「もしかして、この店のこと館野先生と二ノ宮さんの結婚パーティーよりも前に知ってたとか?」
「実はそうなの」
「そうか。ここの系列どこも好評だし有名だしね。最近はイタリアンもワインバーもなかなか予約取れないらしいよ」
ああ、そうなんだ。それはなにより。
あのパーティーの成功で瑞紀の持つお店はどこも客足が伸びているンだっけ。
すごいな、二ノ宮家の影響力。
オジョウサマ万歳。
「そういえば、九州で泊まった宿の食事、旨かったよね」
「おー、まじでそれ」
「私も朝からご飯お代わりしてましたよ」
それから話題は先日の出張健診の時の食事の話へと移り、本場のさつま揚げが美味しかったとか島のおばあちゃんが差し入れてくれたお餅や焼酎が最高だったとか。
仕事ではなくほぼ食べ物の話で大いに盛り上がる。
食事会のメンバーの中には別の地域に行った出張健診経験者がいて、他の土地の話を聞いてまた盛り上がり、これから行こうとしている人には様子を聞かれたりと思ったより楽しい時間を過ごすことが出来た。
同じ系列のところに勤務する仲間ということで共通の話題があったことは大きい。
「響ちゃん」
お手洗いから戻ろうとしたところで店長に声を掛けられた。
瑞紀の持つお店の中では一番年上の店長さんで、中学生のお嬢さんを持つ一人娘ラブなお父さん店長だ。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり。響ちゃん、最近『リンフレスカンテ』にも『ル・ソレイユ』にも顔出してないって?」
「ま、そうですね」
「どうしたの、あいつと喧嘩でもした?」
店長はオーナーの瑞紀をあいつと呼んだ。ここの店長さんは瑞紀の先輩であり瑞紀の会社の役員でもある。
「これでも社会人なんで忙しかったんですよ。2週間出張にも行ってたし、私にも外の付き合いがありますし。それに瑞紀もプライベートが忙しいですから私のお守りをしてる暇ないです」
「は?瑞紀のプライベート?瑞紀が響ちゃんのお守り?それ瑞紀のお守りが響ちゃんの間違いじゃないの?」
ぷっと吹き出した店長は「まあなんだかすれ違ってるのはわかったよ」と苦笑した。
この先はもう以前みたいに瑞紀のお店回りに付き合うことはないと言いたかったけれど、それは我慢しておいた。
「仕事が落ち着いたならまた店に顔を出してくれるんだろ?」
ちょっと答えるのをためらう。
もう私が瑞紀とお店回りをすることはない。だけど、今は無理でも失恋の傷が癒えたらこの先わたしが各々のお店に行くこともあるだろう。
「そうですね。そのうち…」
言葉を濁して席に戻った。
オーナー瑞紀の結婚だから、どのお店でもその話がでるだろうと思っていたけど、まだ公にされてないんだろうか。