裏側の恋人たち
「前は助産師になりたいって思ってたんですけど、今はちょっとそうでもなくなってきて。保健師の資格を取って病院じゃなくて保健所で働く方向もいいかなって思い始めちゃいました。わたし臨床向いてないかも・・・なんですよね」

「保健所かぁ、採用枠少ないから就活厳しそうね。…私の後輩に保健所の保健師に転職した子がいるから一度会って話を聞いてみる?業務の実態とか就活の話とか。実習だけじゃ見えないところがあるだろうし」

「え、ホントですか?ぜひ、ぜひお願いします!」

「うん、彼女に連絡とってみるわ。話を聞くなら早い方がいいと思うのよね。クミちゃんの予定も教えて」

スマホを取り出し自分の勤務表も確認。
クミちゃんの予定を聞いてその場で大学時代の後輩、保健師の美也子に電話をすると快諾してもらえ、来週の土曜のランチタイムに三人で会うことが決まった。

待ち合わせは最近オーガニック食材にはまっている美也子の希望で偶然だけど、オーガニックレストランの『ル・ソレイユ』に決まった。ちょっとあれなんだけど、まぁ仕方ない。『リンフレスカンテ』じゃないだけましだ。

美也子は私が『ル・ソレイユ』のオーナーの知り合いだとは知らない。
クミちゃんが最近瑞紀はお店まわりをしてないと言っていたからヤツと顔を合わせることもないだろうし、いいか。

クミちゃんから感謝されたところで「じゃあ私はそろそろ」と先に帰ると告げる。

「えーまだいいじゃないですか。まだ早いですよ」

口を尖らせるクミちゃん。

「ごめんね、明日予定があるから私はそろそろ。クミちゃんみたいに若い子ならいいけど私の年になると夜更かしはお肌に悪いのよ」

「予定ってまさかデートですか?」

デートねーーーデートと言えばデートと言えるかな。
意味ありげに微笑んで「じゃあそういうわけだから」と荷物を手にして席を立った。

「えー、待ってくださいよ。もうちょっといいじゃないですか。ね、もうちょっと。私さみしいんです」

妙に引き留めてくるクミちゃんに訝しげな視線を向けると何か後ろめたいことがあるのか「えへへ」と笑っているけど、頬が引きつっている。

「誰か呼んだの?」

「・・・まゆみさん」

はあっとため息で返すと「だって~」とクミちゃんが甘えた声を出す。

「まゆみさんも今日はお休みなんでもうすぐここに来るはずなんです。連絡したらすぐにくるって返信あったし」

「二人で飲むのね。じゃあさみしくないじゃない。まゆみさんによろしくね」

まゆみさんが来る前に帰らないと帰るタイミングを失ってしまう。それにこれ以上瑞紀の話をされるのも勘弁。

「あ、待ってください。明日のデートの相手って、どんな人ですか。今日一緒にいた人ですか?ねえ響さんってば」
もうちょっと…と縋るクミちゃんを振り切って「ごめん、また来週ね」と私は店を出た。

明日出かける相手のことをわざわざ説明する必要もないしのろのろしていたらまゆみさんが来てしまう。
まゆみさんに会ったらまためんどくさい話になるのは目に見えている。



< 29 / 136 >

この作品をシェア

pagetop