裏側の恋人たち
イラッとするわ。

余りに気分が悪く、シャワーの前に缶酎ハイを買いにホテルの建物の外にある自販機にと向かう。

すぐに買いに出たのはシャワーを浴びてすぐに飲みたい、シャワーを浴びてから買いに出るとすっぴんだし、という意味もある。
途中で誰かに出会わないとも限らない。
30才もとうに過ぎるといろいろ気を遣う。


ホテルの自動ドアを出たところで外から聞こえる話し声に気が付いた。

何を話しているのかはわからないけれど、ぼそぼそ話す男女の声。

現在このホテルは二ノ宮グループの貸切になっているからうちのスタッフのものである可能性が高い。
暗がりで人目を避けて話しているなんて色っぽい話なのかも。
若い男女が40人近くいたらそりゃあもういろいろあるのかもしれない。

食堂で飲んでいる人たちが解散したかどうかという時刻。
密会ってわけじゃないだろうけど、なんとなく顔を合わせ辛いし気まずくもあり、話し声から遠ざかるように足早に話し声と反対側にある自販機に急いだ。

「きゃっ」
「わあっ」

ドンッとちょうど運悪く建物の影から出てきた人とぶつかってしまう。
衝撃は軽くお互い声をあげただけで済んだのは幸いだった。

「すみません。ーーあれ?浜さんですか?」

「そういうあなたは五谷くん?」

ぶつかった相手はレントゲン技師の五谷くんだった。

「ごめんね。不注意だったわ」

「いいえ、こっちこそ」

両手にコンビニの袋を持っていて、ホテルの車を借り買い物をして駐車場から戻るところで私にぶつかったらしい。
五谷くんの後ろからもう一人、車の鍵を手にした同じレントゲン技師の斉田さんも現れた。

「浜さんはどちらに?」

「そこ」と自販機を指さすと「酒ですね」と二人ににやりとされた。

「明日休みだから俺たちまだ飲むんですけど、浜さんも一緒にどうですか?」

「ああ、お酒の買い出し?」
両手の袋をチラリと見ると、五谷くんは「そうっす」と持ち上げる。

「俺は飲まないんで運転手してやったんですよ。つまみもデザートもあるんで一緒にどうですか。野郎だけじゃなくて女性陣もいますよ」
斉田さんのデザートのひと言に心を揺らされる自分がいる。

が、しかし。
若者の集まりに交ざる勇気はない。

「お誘いありがとう。でも、さっき冷酒も飲んだし今夜はやめとく。缶酎ハイ飲んだら寝るわ。慣れない仕事でぐったりなの」

「なんだ、残念」
五谷くんがごそごそと袋の中から酎ハイの缶を1本取り出して
「ハイ、これどうぞ」と私に握らせる。

「え、これ君たちのでしょ。いいわよ」

「いえ、いいんです。買いすぎだって斉田さんにも言われたところだし」

「そうですよ。明日の休みは出掛けようって話してたところなのに二日酔いじゃ行けなくなるから」

二人にそう言われてありがたく頂くことにする。

「じゃあお支払いをーー」

「いらないです。買いすぎたって言ったでしょ」
「とっとけばいいですよ。それとも1本じゃ足りない?浜さんって酒豪なんだよね」

男性二人に言われて「足りる、足りる」と笑ってしまった。
「有り難くご馳走になります。お酒に強いことは否定しないけど、今夜は1本あればいいの」

「酒豪は否定しないんだ」
「まあね」

そんなことを話しながら3人で戻ってきたホテルの玄関前。

私たちと反対の暗がりの角から歩いてきた男女と鉢合わせしてしまった。

「「「あ」」」と声をあげたのは誰だったか。

複数の声がして、男性がその大きな身体でさっと女性を背後に隠す。
女性は男性の背中に抱きつき両手を男性のお腹に回している。

気まずいのはこちらだ。

「お疲れさまでーす」
「おやすみなさいーーー」
「・・・・・・」

三人でスタスタとビジネスホテルの小さなエントランスに入り、五谷くんがエレベーターのボタンを連打するとそこに止まっていた扉がすぐに開いた。
三人とも滑るように乗り込み五谷くんが閉じるボタンを連打した。

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