離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 寝室から漏れ聞こえるかすかな物音に俺は立ちあがり歩を進める。引き戸の前で耳を澄ますと、すすり泣くようなか細い声が聞こえた。
 俺は思わずグッとこぶしを握る。

(園部を思って泣いているのか?)

 この扉を開けて彼女のもとへ行こうか?

〝あいつを忘れさせてみせる、俺が絶対に幸せにするから〟

 そんなふうに言って強引に抱いてしまおうか。艶やかな黒髪に指を差し入れ、桃色の唇を奪う。綺麗な鎖骨とすらりと伸びた手足に順にキスを落としていく。そんなシーンを想像するだけで身体が熱くなった。
 欲望に支配されかけたが、すんでのところで踏みとどまる。

(――これは男が抱きがちなひとりよがりの妄想だ)

 大切な女性だからこそ彼女の幸せを考えたいと思った。愛しているから手放そうと決めたのだ。

 だけど、形だけとはいえ夫婦として過ごした一年の月日はその決心を鈍らせるのに十分な時間だった。
 俺はできるだけ浜名と顔を合わせないよう心がけた。とくに夜は……俺がいてはきっと彼女がくつろげない。というのは建前で、本当はただふたりきりの夜に理性を保っていられる自信がなかったのかもしれない。

 慶一郎さんの社長就任が決まり彼女との別れが現実的になるとどうしようもなく心が揺れた。俺の全身全霊が彼女を手放したくないと訴えてくるのだ。

(もう一度だけチャンスが欲しい。彼女を振り向かせたい)

* * *
 
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