ウィザードゲーム〜異能バトルロワイヤル〜
第2章 理想の代償
第10話 11月17日
朝のホームルームが始まる前に、小春は教室から瑠奈を連れ出した。
瑠奈はいっそ休んでしまおうかとも思ったものの、琴音の能力の前ではどこにいても同じことだと諦めて登校したのだった。
屋上へ出ると、青白い顔の彼女を振り返る。
「これ、返すね」
鞄から取り出したステッキを差し出す。
ステッキからしか能力を繰り出せないわけではなかったと判明したいま、預かっている意味もなくなった。
彼女は黙り込んだまま力なく受け取る。
「瑠奈」
硬い声でその名を呼んだ。
「望月くんにしたことはわたしも許せない。もう二度と、あんなふうに誰かを殺したりしないで欲しい」
「だけど、それじゃあたしが殺される……!」
慧を手にかけた罪の意識よりも、差し迫った自身の命の危険の方が気にかかっているようだ。
「あたしが悪いのは分かってる。あたしが望月くんを殺したから……。ううん、望月くんだけじゃないね。和泉くんもそう」
短く息を吸った瑠奈は、泣きそうな声でまくし立てた。
勢いよく小春の上腕を掴み、必死に訴えかける。
「でも、あたしは死にたくないの。死にたくないだけなの!」
不条理なゲームがもたらす、死への恐怖────それは小春にもよく分かる。
瑠奈はあくまでルールに従っただけなのだろう。
ほかの魔術師を殺した、それはこのゲームにおいては正義だ。
痛切な瑠奈の双眸を捉えると、やるせない思いが怒りに変わる。
その矛先が向く相手は、やはり彼女ではなく運営側だ。
「……大丈夫。わたしが守るから」
その言葉に瑠奈の力が緩んだ。
「もちろん、どんな理由があっても瑠奈のしたことが許されるわけじゃない。さっきも言ったけど、わたしも庇うつもりはないよ」
守るというのは、彼女の行為を肯定するという意味じゃない。
「でも、敵は魔術師じゃないから。恨み合ったり殺し合ったりしてちゃだめなの。悪いと思うなら、もう二度と誰も殺さないで」
瑠奈は言葉の意味を完全に理解できたわけではなかった。
敵が魔術師じゃないのなら、何だと言うのだろう?
けれど、小春がどんな気持ちで自分にそう話してくれたのか、それは推し量ることができる。
一度は小春のことも害そうとしたのに“守る”とまで言ってくれた。
凍てついて凝り固まった心が溶かされていく。
そこに蔓延っていた恐怖や不安、その裏返しの虚栄心が霧散していく。
瑠奈の瞳がゆらゆらと揺れた。
がく、と地面にへたり込む。
「ごめん……ごめんなさい……」
空を見つめ、うわ言のように繰り返した。
とめどない涙が頬を伝っていく。
どうすればよかったのだろう。ルールに従う以外、どうすれば。
本当はとっくに分かっていた。
人殺しが悪だということくらい、最初から知っている。
それでも必死で正当化し、手を汚した。
自分のためだけに誰かの命を奪った。取り返しがつかないことをした。
「ごめんね……!」
利己的な一存で命を奪った和泉と慧に、心の底から告げた。
いまさら瑠奈の罪は消えない。それでも。