二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
「それで、どうだったのよ」
「なんでそこは食い気味に聞いてくるんですか」
「気になるんだから仕方がないでしょ〜」
「か、考えがまとまったら文章にするので許してください!!」

 そう言ってから、香澄は急いでZOOMを切ってしまった。
 やってしまった……と香澄は思ったが、すぐ後で八島から

「じゃ、報告待ってるから」

 とメッセージが送られてきたので、ほんの少し安心した。
 八島と香澄にとっては日常茶飯事みたいなものだったから、というのもあるが。

 それから、香澄はごろんっと横になって、深呼吸をしながら1つずつ頭を整理することにした。
 昨日のこの時間まで、香澄が知る性の世界は、視覚と聴覚が限界だった。
 イケメンの見た目に、どんな声で、どんな言葉を囁かれたら体が疼くだろうか。
 香澄が気にしていたのはそんなことばかりだった。
 でも、リョウが香澄に教えたのは、性的な接触にはそれ以上の奥行きがあるということだった。
 皮膚が触れる心地良さ。
 距離が近づけば近づく程、鼻腔をくすぐる香りの刺激。
 二次元で味わえない喜びというのは、五感で愛されることという意味なのだろうと、この時の香澄は解釈をすることができた。
 男性ならではの筋肉の触感に、深いキスを交わした時に感じた果物の味わい。
 それらは、これまでの人生で1度も体感したことがなかったし、もしかしたらそれを知らないまま、文字と音だけの愛をこれから先も綴っていた可能性もあった。
 全て三次元だからこその記憶。
 しかも、極上の空間で、極上の男によって抱かれたのだ。
 思い出すだけで、身体の内側が瑞々しく滴る、生々しくも美しいセックスを、奇跡的にも香澄は経験することができた。
 そこまで考えてから、忘れない内に香澄は八島宛のメッセージにこんなことを書いた。
 
 今日の体験は自分にとっては、一生分のセックスだったのではないか。
 この記憶をうまく活かせば、私はシナリオライターとしてちゃんとやっていける気がする、と。

 まるで、仕事に生きます宣言をしているようで、読み返すと恥ずかしくもなったが、八島からこんな返事が来たので少しだけホッとした。

 確かに、そんなの体験したら、他のつまらない男とはもう寝られないわね。
 あなたはすごく良い体験をしたんだから、その経験をたくさんの夢見る女の子たちに届けましょうね、一緒に。

 香澄は思った。 
 これで、引きこもったまま今の仕事を続けていける、と。
 黙っていなくなったことで、リョウという人を怒らせたかもという可能性もあったが、どうせもう2度と会えない人に変わりはない。
 あんな素晴らしい人には、ずっとお似合いの人が近くにいる。
 だから、自分なんかのことは今頃忘れているだろう。
 自分のとっては一生ものの思い出だけれども、あんな人にとっては所詮、猫に噛まれたというレベルのちっぽけな事故みたいなものだろう。
 そうだ。あの人とは違う自分の世界で、ちゃんと幸せになれる。
 ならなくてはいけないのだ。

「よし……頑張ろう……」

 香澄は、心の奥底に少しだけ燻っていた、リョウへの罪悪感を無理やり押し潰してから、早速この経験を活かしたシナリオを提出するために手を動かした。
 香澄にとって、あるべき今と未来の日常を手に入れるために。

 ところが、話は約2ヶ月後のバレンタインデーに急展開を迎えることになる。


→4.予想外続きの再会 に続く……
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