90日のシンデレラ
 そうして、マンションまでの帰路がはじまる。
 行きは手をつないでここまでやってきた。帰りも同じように手をつなぐだろう。どうぞと差し出された手を取ったとき、真紘はそう思っていた。
 だが、その予想は裏切られる。
 手をつなぐどころではなかった。なぜか真紘は北峰に肩を抱かれてマンションに戻っていた。
 深夜の道を、身を寄せてふたりが歩いていく。はたからみれば、もうこれはれっきとしたカップルだ。

 (どうして、こうなるの?)

 真実は、真紘と北峰はカレシカノジョではない。一応、何かの枠に当てはめるとすれば、上司と部下というところだろうか。
 でもこれも本社出向中の一時的な上司と部下であって、やはり正しくはなくて……真紘は悩む。

 なぜ、行きよりも帰りのほうがより親密になっているのか?
 差し出された北峰の手に、はじめから素直に真紘が自分の手を預けなかったから?

 車内でのキス未遂の余韻で、一度は北峰のエスコートを真紘は断ってしまった。そしたら、どうだ、強制的に肩を抱かれることとなるなんて……

 (本当に、どうして、こうなっちゃうんだろ?)

 真紘のミュールの足に合わせて、北峰の歩みもスローである。ジャケット越しからわかる北峰の手のひらの感覚は、大きくて、温かくて、力強い。男性がか弱い女性を守るのは全世界の決まりであって例外は認めない、そんな空気が北峰から伝わってくる。とてもこの包囲網から逃れそうにない。

 (ああ、でも、真紘。ここは我慢よ)
 (ドライブがはじまったときに覚悟したじゃない。大人しくしているほうが早く解放されるはずだから、耐えるんだって)
 (もうドライブは終わって、これがもう最後の最後なんだから)

 マンションまでの道のりはそう長くはない。真紘の辛抱も、もう少し。
 その途上ずっと、ふたりの間には沈黙がのさばっていて、それはそれはとても長い時間のように思われた。
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