90日のシンデレラ
 そう思えば、車中でリップ・オン・リップのキスを迫られたけど、「カノジョにする」と宣言されたときのキスは頬にライトキスというものだった。
 嫌だとはっきりいった真紘を気遣って、でも北峰は目的のキスは達成するために、ライトなものにした。あれはこの駐車場の件と同じで、北峰の中の稀有な節度ある行動だったのかもしれない。

 (そう思えば、あのキス、大事にされているという感じがしないでもない)
 (あー、困るよなぁ~)
 (そんなことされたら、好きになってしまうじゃない)

 好奇心、猫を殺すとは、こういうことだろうか?
 余計な疑問を解いたがばかりに、北峰の傲慢さの中に思いがけない優しさのようなものを見つけてしまった。
 はぁ~と、どうしようもないため息をひとつ、真紘はついてしまう。

 謎をひとつ解明して少し戸惑ったが、いつまでも戸惑っていても仕方がない。もう外出してしまったので、もうひとつの目的を達成するに越したことはない。
 再度、周りを見渡した。
 次に真紘の気持ちを引き付けたのは、地下鉄である。

 (あの地下鉄、何線だろう?)
 (ぱっと見、社宅と変わりないエリアだと思ったけど、地下鉄の駅もあるところをみると交通の便がいいのかも。ここからいろいろな方面にいくことができるのかもしれない)
 (せっかくだから、ちょっと乗ってみる?)

 ひとつ疑問が解決したので、大胆にもささやかな冒険心が湧いてくる。本社研修も半分を過ぎていれば、東京にもそこそこ慣れてきた。また北峰のことを紛らわすのには、地下鉄冒険が今の真紘には手っ取り早い。
 いざ、出発だ! そう意気込んだときだった。

 「真紘、ここまで迎えにきてくれたの?」

 真紘を呼ぶ声がする。
 充分聞き覚えのある声であれば、真紘はどきりとする。ゆっくりと声のほうに向き直れば、サマーニットにチノパンというオフスタイルの北峰が立っていた。

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