90日のシンデレラ
 ***


 「真紘、どうぞ座って」

 瑠樹に促されて、真紘は彼の正面に座ろうとした。しかし、そうじゃないよとテーブルの角を挟む位置を指定される。
 この並び方は、以前コンペ室で大村とミーティングしていたときと同じもの。深夜の借り上げ社宅でのミーティングよりもずっと近い位置だ。
 初デートであることを思い出せば、少しはにかむ感情を持て余しながらも真紘は素直にそれに従った。

 上等な服とは、それを着る人に魔法をかけるらしい。無意識のうちに真紘は、動作が丁寧になっていた。親密な距離感を求められて緊張しているのもあるが、上質の服によるもうひとつの効果である。
 そんな所作の真紘をみる瑠樹の目が、どこか優しい。三階のベランダの席ではビルのすき間からの光が注ぎ込んでいて、それを受けて瑠樹の茶髪が柔らかく輝いている。すぐ近くに、真紘の第一印象そのままの瑠樹がいる。

 スクウェアテーブルに向かい合うのではなくもっと近い距離で座るふたりは、傍からみればもう仲睦まじいカップルそのもの。
 電車に続いてまたもや至近距離になってしまった。瑠樹のそばにいると緊張しっぱなしだが、食事がはじまるまでにこれだけはしっかり伝えねばと真紘は小さく深呼吸した。

 「あの、この服をいただけるということなのですが………」

 と、申し訳なさそうに真紘は切り出した。




 一番素敵だと思う服を教えてよ――そう瑠樹にいわれて、真紘は案内されたレディースフロアを見渡した。そこは、瑠樹のいるアンティークなオーダー部屋とは正反対の現代のショップであった。
 通りに面したショウウインドウ、なんとこの店やはり表通りに面していたのだ、には、夏至間近の明るい夏の陽ざしが注ぎ込んでいる。ここでもたくさんのトルソーが店内一押し商品を着ているのだが、オーダー部屋とは異なって華やかな衣装が表通りの衆人の目を楽しませていた。
 案内するスタッフが自信満々で説明する、このビルの一階は全部うちの店なんですと。広い広い店は、表と裏で世界を一転させていた。

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