90日のシンデレラ
 もしこれが瑠樹でなく別の人からなら、その場で泣いたりはしていなかったかもしれない。「あはは」と苦笑いして、あとで隠れて涙している。
 でもいまは、指摘した本人、瑠樹の前で真紘は涙をこぼした。これはきっと、指摘した人が気になる人だったからに違いない。

 (私、北峰さんのこと、憧れてはいたけれど……好きになっちゃっていた?)
 (なるよね。さっきのように仕事のことを褒めてくれたのは北峰さんがはじめてで、これはホントに嬉しかった。田舎の社では誰もそんなふうにいってくれなかった)
 (他にも北峰さんにはドライブに連れていってもらったし、服をもらってしまったし。優しくされたら、好きになっちゃうよ!)
 (その好きな人にダサいといわれて、私、ショックを受けているんだ)

 「あ、すみません。……あの……ごめんなさい……」

 泣き出してしまうなんて、これじゃあ子供だよと真紘は思う。傷ついてないという噓は白々しいから、その傷は浅いのだと弁解しようとした。でも、弁解するにもうまくごまかせる言葉が出てこない。

 「真紘、謝らなくていいよ。口が悪いのは俺のほうなんだから」

 名を呼ばれて、視線を声のほうに向ける。いつの間にか斜め向かいに座っていた瑠樹は、椅子から離れて中腰になっていた。下から真紘のことを見上げて、様子をうかがっている。これはそう、椅子に座るカノジョにカレシが跪いている形だ。

 「じゃあ、さっきの続き、確かに真紘とは出会ってまだ二ヶ月とならない。真紘のことはダサいとは思ったけど、俺は嫌じゃなかった。嫌だったら、あの社宅がどんなにいい物件であっても間借りをお願いしたりしない」

 嫌だったら、間借りをお願いしたりしない――そう話す瑠樹の瞳は穏やかな色。真紘には彼が嘘をいっているようにはみえなかった。

 続けて瑠樹はいう。

 「昨日のドライブだってそう。プレゼン終わってリラックスしたいはずなのに、わざわざ自宅まで車を取りにいき、真紘のところに舞い戻ってしまった。ひとりで仕事の成果を噛みしめてもよかったのに、そのときは隣に誰かいてほしいと、自分でもびっくりだけどそう思っていたようだ」

 (ちょっと、待って!)
 (それ、どういうこと?)

 俄かに心臓が跳ねあがった。
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