90日のシンデレラ
 瑠樹はひと口食べただけで止まってしまっている真紘のアイスクリームを、自分のスプーンで掬う。そのまま真紘の目の前に運んでいった。

 「はい、どうぞ」
 「え!」
 「大丈夫、誰もみていない」

 いやそうじゃなくて……
 目を丸くして、真紘は瑠樹の顔をみた。そこには、ビルのすき間からの爽やかな初夏の陽ざしを受けてきらめく茶髪の瑠樹がいる。髪がきらめくだけでなく、その瞳には少年のような無邪気さが垣間見えた。

 スプーンが唇に当てられて、口を開くよう催促する。肩にはスプーンを持っていない瑠樹の腕が回り、もうこれ、幼子にご飯を食べさせる親のよう。

 うっかり動くとアイスクリームがこぼれてしまう。今着ている服は、瑠樹が真紘に贈ってくれたもの。決して安くないワンピースであれば、アイスクリームを落として汚すなんて御法度だ。
 軽く真紘が口を開けば、そっと瑠樹はスプーンを突っ込んだ。そろりと舌の上にアイスがのせられて、ゆっくりとそれは解けていく。柑橘類の酸味が口の中に広がった。初夏に相応しいさっぱりとしたアイスであった。

 「美味しい?」
 「はい、美味しいです」
 「よかった。これ、この店のオリジナルだ。スタッフは喜ぶよ」

 抱かれる肩が温かい。すぐそばで瑠樹の体温を感じ取ることができる。体温だけではない、瑠樹からはいい香りがする。
 昨晩の車中では、それはほのかな汗の匂いだった。いま真紘の鼻を擽るのは、凛としたシダーウッドの香りである。

 「真紘、今更だけど、その赤のワンピース、とてもよく似合っている」

 極めつけのこのセリフに、真紘はノックアウトされてしまった。
 実感は、まだまだ薄い。
 でも自分はこの人を好きでないなんて、もういえない。
 瑠樹のささやき声を信じて、自分は正々堂々とこの人のカノジョとして隣に立ってもいいんだと、やっと真紘は自身の心の底に沈めていた願望を認めたのだった。
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