90日のシンデレラ
 でもそれはルール違反だ。選考会で優遇されているかもしれないという疑念が完全には否定できないのに、そんなことをしたら……言わずもがなである。

 「いえ、自分でやります!」
 「そうそう、それでいい」

 夏の気温は、速やかに濡れた髪を乾かしてしまう。あんなにぺちゃんこだった瑠樹の濡れ髪に、ほぼいつものウェーブが復活している。仕事を終え、身を清め、栄養補給してしまえば、もう本社での瑠樹に戻っていた。

 「真紘、真紘の頑張りを(たた)えて、明日の朝食は俺が作ろう」

 カレシのお手製の朝食というわかりやすい人参が、真紘の目の前にぶら下がったのだった。



 ***



 じゅうじゅうと何かが焼ける音がする。翌朝、その音で真紘は目が覚めた。
 音はリビングダイニングからのもので、音以外に美味しそうな匂いも寝室まで漂ってきている。
 あれは、目玉焼きだ。瑠樹が、真紘の出勤前にフライパンで目玉焼きを作っているのだ。

 (あ、マズ! また寝坊したよ)

 昨晩の記憶が甦る。
 スケジュールは知っていても、今回は長めの出張だからここではなく実家へ帰るだろう。そう予想していたが、今回はいい意味で真紘は裏切られた。
 夜の玄関先からの金属音にドキドキし、しばらくぶりに瑠樹の顔を目にする。数日ぶりに会えて、嬉しい。ただただ嬉しい。
 それは瑠樹のほうも同じだったようで、昨晩のふたりはすっかり羽目を外してしまっていた。昨晩のベッドの揺れ方がただならぬ激しさだったのは、否定できない。

 さっさと身支度を整えて、真紘はリビングダイニングへ向かう。
 扉を開ければ、爽やかな夏の早朝の陽ざしに満ちた部屋に朝食がはじまるテーブルができていた。

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